【夫馬賢治氏×Blue Yonder】――「プラネタリー・バウンダリー」で考える持続可能なサプライチェーンのあり方

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取材・文:相澤良晃、写真:伊藤圭

より一層顕在化してきた気候変動問題や人権問題に、コロナ禍が引き起こしたサプライチェーンの分断が招く、世界経済への大きな影響。そして、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻がもたらした、突然の世界的なエネルギー危機。

そんな予測困難な時代に、企業経営には「ESG」の視点が求められてきている。ESG視点でのサプライチェーン・マネジメント(SCM)のあるべき姿とは。ESG経営の専門家である夫馬賢治氏と、サプライチェーン・マネジメントソフトウェアを提供するBlue Yonderジャパン・代表取締役社長 桐生卓氏のお2人に語っていただいた。

桐生卓

Blue YonderジャパンCEO

大学卒業後、大手外資系アプリケーションベンダーに入社。2009年から日本オラクルへ活躍の場を移し、30代で執行役員としてFusion Middleware事業統括本部長に就任。2015年より同社常務執行役員クラウド・アプリケーション事業統括ERP/EPMクラウド統括本部長として、SaaS事業戦略を牽引。2019年にBlue Yonderジャパン(旧JDA ソフトウェア・ジャパン)代表取締役に就任。

夫馬賢治

(株)ニューラルCEO 戦略・金融コンサルタント
信州大学特任教授

サステナビリティ経営・ESG投資アドバイザリー会社ニューラルを2013年に創業し現職。東証プライム上場企業や大手金融機関をクライアントに持つ。スタートアップ企業やベンチャーキャピタルの顧問も多数務める。環境省、農林水産省、厚生労働省で8つの有識者委員を兼任。著書『ネイチャー資本主義』(PHP新書)、『超入門カーボンニュートラル』(講談社+α新書)、『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)、『ESG思考』(講談社+α新書)他。世界銀行や国連大学等でESG投資、サステナビリティ経営、気候変動金融リスクに関する講演や、CNN、FT、エコノミスト、ワシントン・ポスト、NHK、日本テレビ、テレビ東京、TBSラジオ、日本経済新聞、毎日新聞、フォーブス等メディアからの取材も多数。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。ハーバード大学大学院サステナビリティ専攻修士課程修了。サンダーバードグローバル経営大学院MBA課程修了。東京大学教養学部国際関係論専攻卒。

部門間の壁を取り去ることがESG経営の第一歩

桐生:夫馬さんは、10年以上前からESG経営の専門家として企業のアドバイザーなどを務められています。いまの日本の状況をどう見ていますか?

夫馬:先行する欧米企業に追いつこうと、各社が急速に「ESG経営」「サステナビリティ経営」へと舵を切っている状況です。

そもそも海外では、2010年あたりから「ESG」や「サステナビリティ」という言葉が注目されはじめて、多くの企業が具体的なアクションをスタートしました。その動きが日本に入ってきたのが2018年頃。そして、2020年10月に日本政府が「2050年までにカーボンニュートラル達成」を宣言したことを契機に、一気に加速したという印象です。目下、各社が「サステナビリティ推進室」などの専門部署を設置して経営改革を進めようとしているわけですが、どこに向かって全力で進むべきかが定められていないというのが実状ではないでしょうか。

ニューラルCEO 夫馬賢治氏(左)、Blue Yonderジャパン代表取締役 桐生卓氏(右)

ニューラルCEO 夫馬賢治氏(左)、Blue Yonderジャパン代表取締役 桐生卓氏(右)

桐生:その原因はどこにあるのでしょうか?

夫馬:ひとつには、とりわけ大企業に顕著な「縦割の組織構造」が問題だと思います。たとえば、環境改善効果のあるプロジェクト(グリーンプロジェクト)に対して発行される債券「グリーンボンド」が新たな資金調達の方法として注目されていますが、これは財務、環境、事業部の各部門が連携して初めてうまく活用できるものです。申請するプロジェクトの特定、調達資金の運用管理、定期的なレポーティングなどの煩雑な業務は、財務部門だけで対応できるものではありません。

また、製造業について言えば、調達、設計、製造、流通、営業……などのサプライチェーンに関わる全部門が協力しなければ、なかなか脱炭素は実現できません。つまり、ESG経営というのは、企業の経営方針そのものなので、全部署が足並みを揃えて取り組むことで、初めて成功に近づけられるものです。

そして、その意義をどのように取引先や消費者に伝えていくのか。どう製品価値へとつなげていくのか。そうしたマーケティング戦略も含めて部門横断で話し合い、ビジョンを共有したうえで整合性のある計画を立てなければ、事業として成功させるのは難しいと思います。部門間に横たわる壁を破り、共通言語でコミュニケーションをとること。それがESG経営を推進するための第一歩です。

夫馬賢治氏

桐生:なるほど。ESGやステナビリティの専門部署だけが頑張っても、なかなか事は進まないというご意見ですね。

夫馬:はい、各部門の連携が大切です。コロナ禍によるサプライチェーンの分断が続いている今、調達部門がとくに四苦八苦していることだと思います。業務のひっ迫している部門の負荷を他部門がカバーしながら、会社全体でESG経営を推し進めていく。そうしたイメージが大切ではないでしょうか。

桐生:現場の混乱ぶりは、私も肌で感じています。コロナ前は「ESG経営を実践するうえでサプライチェーンマネジメント(SCM)をどうすればよいか?」というご相談も少なからずありましたが、コロナ以降はパッタリとなくなりました。それよりも、聞こえてくるのは「とにかく物が届かないので何とかしてほしい」という声です。目の前の課題を解決しなければ、ESG経営へのシフトに本腰を入れるのは難しいのではないかと思っています。

桐生卓氏

夫馬:ESGやサステナビリティの問題は、短期と長期の2つに分けて考える必要がありますよね。たとえば、現在の石油価格の高騰。これはコロナ禍から復活しつつある世界全体で需要が増加していることや、ロシアのウクライナ侵攻といった要因が複雑に絡んだもので、今後もしばらく上昇傾向が続くと見込まれます。

長期的な視点で見れば、企業は脱炭素の実現のためにも再エネ導入やカーボンニュートラルに向けたサプライヤー改革を進めることが望まれるのですが、いままさに調達担当者の頭にあるのは、「今年の冬をどう乗り切るか」です。目の前の問題を解決するためのいわば対症療法に追われ、長期的な取り組みが後回しになっている。

桐生:ちょっと、耳が痛い話ですね(笑)。ただ、現実的にいま多くのお客様が困られているのは、足元の供給網の整備と安定供給の回復ですから、私たちもそれを優先にして解決のお手伝いをさせていただいています。

夫馬:具体的にどんなことをなさっているんですか?

桐生:コロナ禍でニーズが多いのは、生産計画の短期化です。たとえば、従来は1か月単位で生産計画を立てていたものを1週間単位にすれば、部材の納期変更にも柔軟に対応できるようになります。しかし、期間を短くすれば、その分だけ立案回数が増えて担当者の負担になってしまう。そこで、生産計画の立案に必要な膨大な量のデータをAIが分析し、自動的に生産計画を立てるシステムを提案しています。

一方、部材の発注については、これまでは長くても3か月単位の計画が一般的でしたが、半年~1年単位でコントロールを望むお客様が増えています。コロナ以降、納期遅延を起こさないために、コストメリットが多少失われても、ある程度の在庫を保有しつつ調達計画を長期スパンで考える企業様が多くなりました。

夫馬:そうですよね。今までが“異常に平和だった時代”とも言えて、“発注したら必ず納期どおりに届く”という前提で、サプライチェーンや業務フローがすべて構築されていました。ところが、これからは納期通りに物が届かないことが当たり前になりそうです。その原因となるのは、感染症や気候変動のほかにも、ストライキの発生や新たな法規制の登場かもしれません。

桐生:まさにESGの視点が求められますね。

夫馬:はい。しかし、そうしたさまざまなリスクを未然に防ぎ、真に持続可能なサプライチェーンを構築するとなると、膨大な労力が求められ、もはや人間の力のみで対応するのは不可能です。そこでシステムの出番ですよね。いよいよSCMとDXというのは切り離せないものになりました。Blue YonderさんのSCM最適化のシステムの需要は、今後さらに増えていくと思います。期待しています。

夫馬賢治氏

サーキュラーエコノミーが急速に広まる

桐生:地球環境の変化がサプライチェーンにどのような影響を与えているのか。あらためて、夫馬さんの考えを聞かせてください。

夫馬:気候変動は、サプライチェーンにとって良くないことばかりをもたらします。唯一、プラスとも言えるニュースとしては北極海航路が開かれることぐらいでしょうか。それ以外は、熱帯地域由来の感染症の蔓延、熱波の干ばつによる食料危機、洪水による港の水没……などなど、とにかく山のようなリスクを引き連れてきます。

桐生:聞けば聞くほど、やっかいですね。

夫馬:どのくらい地球環境の危機が迫っているのかを視覚的に表した「プラネタリー・バウンダリー(地球限界)」という概念図はご覧になったことはありますか?


プラネタリー・バウンダリー

出典 ストックホルム・レジリエンス・センター(GEMBA編集部にて作図)

夫馬:この図の9つの指標のうち、「窒素の循環」「生物多様性の損失」「リン循環」の3つの領域ではすでに基準値を遥かに超えており、「取り返しのつかない環境変化をもたらす恐れがある状態」とされています。そして「気候変動」も赤の領域へと突き進んでいます。もはや地球環境の対策は、“待ったなし”です。

そして、とくに大きな影響を受けるのが、サプライチェーンの上流側です。元をたどれば、この世のあらゆる製品はすべて地球の資源からできていますよね。地球環境を守り、資源の枯渇を防ぐために、廃棄品を回収して素材・原料としてリサイクルをする。こうした循環型のSCMをすべての企業が考える必要があると思います。

桐生:サーキュラーエコノミーですね。

夫馬:ええ。今後、間違いなくメーカーは、「バージン材から製造・流通」という直線的なサプライチェーンだけでなく、「廃棄物で経済を回す」という循環型のサプライチェーンも合わせて整備することになります。そうなればマテリアルフローが複雑になるので、ますますシステムやAIの力を借りなければ安定供給は難しいのではないかと感じてしまいます。

いまはまだ、「廃棄品=原料」と捉えている企業様はあまり多くないのですが、4~5年もすれば、「サーキュラーエコノミー」の考え方がさらに広まって、大半の企業が当たり前のように取り組むようになるというのが私の予想です。

桐生:循環型のサプライチェーンネットワークの構築は、複雑で大変なのですが、Blue Yonderとしても挑まなければならない課題だと認識しています。

Blue Yonderはサプライチェーンに関するお客さまの困りごとを世界で一番聞いている会社なんですね。いまはまだ、ニーズがあまりないのですが、今後、皆さまから「サーキュラーエコノミーを実現したい」という相談をいただいたら、本格的にシステムの開発に着手します。お客様の困りごとの共通項を導き出して、同じ悩みを抱えている企業様の課題解決に貢献できる製品を完成させる。お客様の課題と真正面から向き合いたいと思います。

桐生卓氏

「未来は過去からの連続ではない」。それが新時代のキーワード

夫馬:Blue Yonderさんは、「Supply Chains Save the World」という言葉を掲げられています。この言葉にはどんな思いが込められているんですか?

桐生:「サプライチェーンの無理、無駄をなくしていけば、自ずと世界貢献につながる」というビジョンを表しています。トラックの最適な配送ルートを導き出せれば燃料の節約にもなるし、理想的な生産計画を立てられれば在庫を保管する倉庫の必要もなくなる。効率化は、地球環境にも優しいわけです。

夫馬:とくに物流分野では、コスト削減が環境負荷低減に直結していますよね。

桐生:おっしゃるとおり。いま衛星画像を基に輸送船の航路や到着予定日を自動的に予測するシステムの開発に取り組んでいます。完成すれば、逐一、船舶に連絡して到着予定日を確認する必要もなくなります。

さらに到着予定日が遅れる場合は、たとえば「他の拠点から在庫を持ってくる」「飛行機で緊急輸送する」などの選択肢をAIが示してくれて、納期遅延を未然に防ぐことができます。複雑な計算などは、すべてシステムがやってくれるわけです。

夫馬:Blue Yonderが目指す「サプライチェーンの自律化」ですね。どのようなステップで実現されていくのでしょうか?

桐生:いまはまだ、サプライチェーン全体の「見える化」に取り組んでいる段階です。冒頭で夫馬さんがおっしゃったように、日本の製造業は調達、製造、物流の部門間が縦割りになっていて、まだエクセルのバケツリレーでやりとりしているところが多いというのが現状なんですね。

まずはその壁を取っ払って、すべての情報を「見える化」して繋ぎましょう、と。そのうえで、AIを活用して、たとえば、「このメーカーは、いつも予定よりも2日納期が早い」というデータが蓄積されれば、実状に合わせて2日前倒しで、調達や生産計画を自動的に最適化してくれるというものです。

あるいは、季節要因も踏まえて、たとえば「ここ数年、夏はハリケーンの影響で船便が1か月遅れる」というデータを学習させれば、1か月の納期遅延を見越したうえで、最適なSCMを提案してくれるというようになる。データが増えれば増えるほど、どんどん賢くなっていくのも自律型サプライチェーンの特徴です。

桐生卓氏

夫馬:これからのビジネスは、「予測」がキーワードになると思っています。今までは「昨年や一昨年に起こったことは、今年も起こる」というのが当然で、「過去のデータ分析」をすれば未来の計画を立てることができました。

しかし、今は社会環境や自然環境が大きく変化し続けていて、「未来は過去からの連続ではない」というのが大前提ですよね。ですから、新しいデータや指標を見て、未来の予測シナリオを立てるアルゴリズムの活用がとても重要になってきていると思います。もはやたくさんのファクターの組み合わせから、人間の頭脳だけで最適解を導き出すことは不可能です。

桐生:そうですね。需要予測や最適ルートの計算などはシステムに任せて、人間は人間にしかできないことに集中する。AIと人が共存するSCMを実現したいと思っています。

では最後に、ESG経営やサプライチェーン改革に取り組む人たちに向けてメッセージをお願いします。

夫馬:いま目の前で起きている「サプライチェーンの断絶」は、気候変動とも密接な関係があるということを、まだ理解できていない人は少なからずいると思います。

しかし、もっと未来を想像しながら対処していくことこそが大切ではないでしょうか。我々の地球や人間社会はどういう方向に向かっていくのか。そのときサプライチェーンはどうあるべきなのか。そう遠くない将来に、サプライチェーンと地球環境の関係性に関心をもつ人がもっと増えて、持続可能なサプライチェーンの実現に向けて社会全体で協働していけるようになるといいですね。

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