課題解決型ベンチャー投資で、サプライチェーンにイノベーションを—— 国内最大級の官民ファンド「株式会社INCJ」

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課題解決型ベンチャー投資で、サプライチェーンにイノベーションを—— 国内最大級の官民ファンド「株式会社INCJ」

取材・文:杉原由花(POWER NEWS)、写真:渡邉大智

深刻化する労働力不足や、他の先進国に比べ出遅れているベンチャー企業の育成——日本の産業を取り巻く環境は厳しい。特に、新しいものを生み出すためには投資が必須だが、資金面に課題を抱えるベンチャー企業は多い。そんな状況を打破するため、次世代産業の担い手となるベンチャー企業に投資を行っているのが、国内最大級の官民投資ファンド「株式会社INCJ(Innovation Network Corporation of Japan)」の「ベンチャー・グロース投資グループ」だ。100件を超える豊富なベンチャー投資実績を持つ同社は、サプライチェーンの今後にどのような希望を見出し、それを形作ろうとしているのか。土田誠行・専務取締役と、丹下智広・ベンチャー・グロース投資グループマネージングディレクターに語ってもらった。

製造業を中心にサプライチェーン全体へ投資を行う

——御社の概要や事業内容について教えてください。

土田:2009年に発足した官民投資ファンド「産業革新機構」から2018年9月に新設分割する形で発足したのがINCJです。

産業革新機構が発足した2009年ごろは、リーマンショックの影響を受け、世界経済が低迷していました。当時、日本の産業は全体的に非常に厳しい状態で、グローバルレベルで経済の多極化や価値観の多様化、情報通信技術の発達、環境問題の顕在化など、過去に経験したことのないさまざまな変化に直面する中で、従来の枠にとらわれない産業構造の転換が求められていました。

株式会社INCJ専務取締役・土田誠行氏

株式会社INCJ専務取締役・土田誠行氏

土田:そこで、組織の壁を越え、オープンイノベーションで次世代の国富を担う産業を育成、創出していくために、産業革新機構が生まれました。その後の2018年に、デジタル技術を含めた先端分野に投資を絞るなど、新たな投資基準が策定され、INCJが発足したという流れです。

IoTやAIなどのデジタル技術のなかでも、近年特に求められているのが、製造業を中心として物流、流通なども含めたサプライチェーン全体の産業構造の転換です。日本の製造業には職人や技術者のノウハウが膨大に蓄積され、基幹産業としての地位を築き上げてきたのにも関わらず、GDPのなかの製造業が占める割合は低下してきており、サプライチェーン変革の必要性が叫ばれているのです。

労働力不足とベンチャー企業の育成がサプライチェーンの課題

——日本の製造業はどういった課題を抱えているのでしょうか。

土田:決定的な問題は労働力不足です。労働人口が1995年をピークに減少に転じ、その傾向は急速に進んでいます。労働力不足を補うためには、デジタル技術を活用して生産性を向上させる必要があります。しかし、他の先進国に比べて後れを取っているような状況で、デジタル技術の活用推進が急務となっています。

もう1つ、IT革命以降、“モノ”だけでなく、それを購入して使うときに、どのような素晴らしい体験が得られるかという“コト”が求められるようになりました。そうした消費者ニーズの変化に対応し、新しいサービスを提供する担い手として、アメリカではGAFA(Google・Apple・Facebook・Amazon)をはじめとする巨大なITベンチャー企業が隆盛を極めています。

株式会社INCJ専務取締役・土田誠行氏

土田:一方、日本では、担い手となるベンチャー企業が育ちきらず、ベンチャーの産業体系、つまりエコシステムの構築も、これまであまり進んできませんでした。その主な要因は、日本に大型のベンチャーキャピタルが不在だったことです。ベンチャー企業に、長期にわたり十分な資金を供給する環境が整っていなかったため、力を付けてこられなかった側面があります。

これらの課題を解決するために、私ども「ベンチャー・グロース投資グループ」では、ベンチャー投資、特に労働力不足の解消など、サプライチェーンの構造変革に資するような技術をもつベンチャー企業を主に支援してきました。さらに、ベンチャーエコシステムの構築を促進するための取り組みにも力を入れています。

大規模な投資で、社会課題を解決するベンチャー企業を次々に設立

——ベンチャー・グロース投資グループがこれまでに行ってきた具体的な活動について教えてください。

土田:ベンチャー投資では、労働力不足を乗り越えていくためのロボットやIoT、AI関連の技術を重点領域とした投資を行ってきました。一般的な民間の投資ファンドが収益性を重視して投資案件を決定するのに対し、我々は収益性に加えて、投資インパクト、つまり社会に役立つかどうかを最も意識して投資の意思決定をしています。

特にものづくりベンチャーはソフトウェアだけでなく、ハードにも投資が必要なケースが多い。そのため、一般的なベンチャー企業よりも投資の回収に時間がかかるため、ベンチャーキャピタルからは投資が受けにくいのが現状です。しかし、多くの中小製造企業を抱える日本の現状を鑑みると、ものづくりベンチャーへの投資は欠かせません。

——これまで、どのような企業に投資を行ってきたのでしょうか。

実例を挙げると、「リンクウィズ」(静岡県浜松市)は、産業用ロボット制御システムのソフトウェア開発、販売を行うベンチャー企業です。製造現場では、ロボットの動きを管理する人材が不足しています。同社のソフトウェアを使えば、人がプログラムを調整せずともロボットを正確に制御できるようになります。そのようにして人手不足を補う技術であることから、2017年に投資を実行しました。たった3人で立ち上げた小さなベンチャーでしたが、2019年にはパナソニックと資本業務提携を結ぶなど、成長を遂げています。

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ほかにも、ものづくりベンチャーでは、超音波複合振動によって金属を接合する装置を開発し、従来技術では不可能だった材料の接合を実現させた「LINK-US」(神奈川県横浜市)や、非接触で物体のサイズや形状を測定する技術を開発し、製造業の品質管理レベルを飛躍させた「光コム」(東京都千代田区)など。物流ベンチャーでは、物流施設の運営を人工知能技術や最先端のロボットで支援し、人手不足を解消に貢献している「GROUND」(東京都江東区)、ばら積み加工対象物のピッキングロボットを開発した「Kyoto Robotics」(滋賀県草津市)など、ベンチャー投資の実績は多数です。

——ベンチャーエコシステムの構築を促すためには、どのような取り組みをしてきましたか。

土田:GAFAのように力を持つベンチャー企業を日本でも育てるために、企業の成長性に期待して規模の大きな投資を行う「グロース投資」に注力してきました。そのうちの1つが、成功すれば大きな利益を生むビジネスに挑んでいるホームランベンチャーに対する思い切った投資です。

例えば「ピクシーダストテクノロジーズ」(東京都千代田区)の案件がそうです。ピクシーダストは筑波大学准教授の落合陽一氏が率いるスタートアップで、光や音の波動を制御して、視覚、聴覚、触覚に自在に訴えかける視聴触覚技術を開発しています。視聴触感覚領域は、日本が国際標準化を狙える事業領域であることからも同社には大きな期待が集まっており、2019年、弊社が19億円を出資したほか、SBIインベストメントや凸版印刷、KDDIなどから合計で約38億円の資金を調達しました。

株式会社INCJ ベンチャー・グロース投資グループ マネージングディレクター 丹下智広氏

株式会社INCJ ベンチャー・グロース投資グループ マネージングディレクター 丹下智広氏

また弊社の業務には、大企業の事業部門の一部や子会社を切り離し、新たなベンチャー企業として独立させる「カーブアウト」もあります。これもグロース投資の一種で、カーブアウトの支援だけではなく、独立したあと、その企業への投資も行います。

2011年には、日本電子からカーブアウトベンチャー「JEOL Resonance」(東京都昭島市)が生まれ、15億円の投資を行いました。有機化合物から生体物質まで幅広い対象を分析できる世界最高峰の検査機器、NMR装置の事業に特化した専門会社として立ち上げたのがJEOL Resonanceです。カーブアウト後、千葉大学や日立製作所などとオープンイノベーションで装置の共同開発を進め、日本電子の収益の柱の1つになるまでに成長しました。

ほかに、プラットフォームの構築にも努めてきました。2017年と2019年に出資を行った「ダイナミックマップ基盤」(東京都中央区)は、自動運転の実現に欠かせない3次元地図データを整備、提供する企業です。弊社のほか、三菱電機やゼンリン、国内の全自動車メーカーが株主として名を連ねており、3次元地図データの共通プラットフォーム化の実現を、オールジャパンで目指しています。

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製造現場のノウハウをデジタルでつなげる「1.5レイヤー」の構想

丹下:さらに、いま構想しているのが、製造現場における“知”を連携させるプラットフォームづくりです。

日本の製造業が得意とする製品分野は「インテグラル(擦り合わせ)型」だと言われています。インテグラル型とは生産する際に、各々の部品を微妙に調整することでトータルなシステムとして性能を発揮するもので、自動車や精密機械などがこれにあたります。

インテグラル型の製品を作るためには、部品の調整、要するに工程間を連携させるノウハウが必要になり、主に職人の経験や勘に頼って行われてきました。ところがいま、職人の高齢化による離職で、そうしたノウハウが失われつつあるのです。

そこで、この生産現場で各工程を連携させるノウハウのことを「1.5レイヤー」と定義し、デジタル化できないかと構想を練り始めました。

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デジタル技術の活用で、各作業工程の自動化を成功させたベンチャー企業はたくさん存在して、先ほどご紹介したリンクウィズやLINK-US、光コム、Kyoto Roboticsなどもそうです。それら個々の技術は素晴らしいので、技術を集めて1つにまとめ上げ、それぞれの機能が正しく働くように工程間を連携させる仕組みを作りたいと考えているわけです。

構想を具現化しようと、動き始めてもいます。大企業に投資先ベンチャー企業を直接売り込んだり、投資先を紹介する技術展示会のイベントを開催したりするなどして、ベンチャー企業と、パナソニックや小松製作所など大企業との協業を促してきました。今後も計画に参加してもらえる企業を募り、オープンイノベーションで構想を実現させたいと思っています。

日本の産業の発展に寄与するベンチャーキャピタリストの育成が急務

——これまでに115件、2,783億円(2019年10月時点)のベンチャー投資を行ってきた御社ですが、日本の製造業やサプライチェーンの現状をどう評価していますか。

土田:製造、物流、流通領域において、ベンチャー企業の投資先発掘には、これまでまったく困ることがありませんでした。それだけ、素晴らしいアイデアや技術を持つベンチャーが日本にはたくさん存在するということで、業界の未来に希望が持てると感じています。

大企業も同じく、優秀な人材や技術の宝庫です。企業内で技術や人材を活かすのはもちろん、カーブアウトで新規事業を生み出すことも可能でしょう。

株式会社INCJ専務取締役・土田誠行氏

また、ベンチャー企業と連携し、ベンチャーならではのスピード感や瞬発力と、大手ならではの信用力、ネットワーク力をかけ合わせれば、産業の新陳代謝が促され、サプライチェーン全体をより盛り上げていけるはずです。そうした兆しもあらわれ始めていて、2017年以降、大企業によるベンチャーのM&Aの件数は増加しています。非常にいい流れです。

——これからどのような活動に力を入れていく予定ですか。

土田:まずは弊社内の人材の育成です。在籍する人材をできる限り育成し、投資業界に優れたベンチャーキャピタリストを輩出して、ベンチャーエコシステムの形成にも貢献したいと考えています。

2019年の3月末以降、INCJの業務は、既投資先への追加投資などに注力しております。投資先の価値を高めるValue up活動を通じて、1つでも多くの事業を成功に導けるように努めていきます。それが使命だと思っているので、投資先が成功するまで、とことん支援するつもりです。

繰り返しになりますが、ベンチャー企業の成長のためには、資金を提供し、経営支援を行う優秀なベンチャーキャピタリストの存在が不可欠なのです。限られた期間で資金を適切に企業に投入し、人材の派遣や経営上のサポートが行われることで、企業はスムーズに価値を高めていけるものだからです。

だからこそ、ベンチャーキャピタリストの育成にはぜひ力を入れていきたいです。そうすることが、ひいてはベンチャー企業の支えとなり、サプライチェーンの構造をポジティブに変える担い手を生み出すことになり、日本の産業の発展につながっていくのだと思っています。

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