行政主導でローカルサプライチェーンを構築! 新たな「テクノロジー集積地」を目指す長野県伊那市

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行政主導でローカルサプライチェーンを構築! 新たな「テクノロジー集積地」を目指す長野県伊那市

取材・文:小村トリコ(POWER NEWS)、写真:藤牧徹也

長野県伊那市は、標高3000メートルの南アルプスと中央アルプスに囲まれ、一級河川の天竜川と三峰川(みぶがわ)が流れる自然豊かな土地。人口7万人弱のこの街が、先端技術を活用したモデル都市として現在注目されている。テクノロジーの力で地方が抱える課題を解決すべく、2016年から産学官連携での大規模なプロジェクトを推進しているという。白鳥孝(しろとりたかし)伊那市長に、取り組みの背景にある思いを語ってもらった。

伊那市が目指す自活化した地域づくり

――ドローン物流の実験をはじめとして、地域の課題をテクノロジーを活用して解決するためのさまざまなプロジェクトを展開されています。伊那市としてはどのような思いで取り組まれているのでしょうか。

白鳥:現在の日本の社会構造を見ると、国内で消費する食べ物や飲み物、エネルギーのほとんどを外国からの輸入品で補っているような状態です。この構造が変わらない限り、いくら地方に人材を呼び込んでも、持続可能な仕組みは成立しません。まずは地方がきちんとしたコミュニティをかたちづくり、活力を持つ必要があると考えています。

白鳥孝氏

白鳥孝(しろとりたかし)伊那市長

白鳥:伊那市の立場はあくまで「行政」です。行政は、市民の生活を最優先に考えています。ですから、最先端技術を活用するのはあくまで手段です。この地方が抱える課題と向き合い、1つずつ解決していかないことには、真の自治は実現しません。

2014年ごろから「地域の課題を何とかしなければいけない」という課題感が大きくなり、それが国の政策ともマッチしたことで、実現に向けて動き始めました。2016年に経済産業省による「地方版IoT推進ラボ」の第1弾選定地域に伊那市が選ばれたことで、その活動がかたちになり、テクノロジーによって課題解決の仕組みを構築するための「伊那市新産業技術推進協議会」を設置しました。

担当の職員たちは「自分たちの時代で地方の仕組みを変える」という確固たる思いを持って、今回の事業に取り組んでいます。しかしテクノロジーは日々進化していて、考えているだけではどんどん周回遅れになっていきます。失敗を恐れずにまずは実行して、変化を起こすことが重要です。職員からさまざまなアイデアが出てくるなかで、ひとつとして臆病な提案はなく、それらを共有して話し合うことで新たな改善のヒントを見出すようにしています。

生活インフラとしてのサプライチェーンを維持する責任が行政にはある

――伊那市の課題とは具体的になんでしょうか。

白鳥:やはり、少子高齢化は深刻な課題です。伊那市でも高齢化と過疎化が年々進んでおり、また、高齢者が増えることで「交通」の問題も発生しています。伊那市の公共交通は電車とバスで、電車は1時間に1本あるかどうかという程度です。他にも野生鳥獣による食害の問題や、害虫による松枯れの被害なども挙げられます。

以上のように、伊那市は山間部に位置していることもあり、生活環境が都市部とはまったく異なります。そもそも、伊那市の面積は東京23区より広いのです。たとえば、交通機関の発達していない山間部に住居を持っている市民は免許を返納して車が使えなくなると、生活が止まってしまいます。

このように、首都圏と伊那市では直面する課題や施策の優先順位が大きく変わります。それなのに、全国的に同じルールを適応されることが多く、違和感があります。それぞれの前提条件に合った仕組みを策定する必要があると思うのです。

伊那市における地域課題の図

高齢化に伴う産業の担い手不足や、交通の課題では買物弱者の存在や交通インフラの脆弱性も挙げられる。また、山間部に位置している伊那市特有の自然環境に関わる課題もある。

――伊那市の主な「産業」は電気、精密、機械、食品などで、「ものづくり」の課題とも解釈できます。また同様に、「生活・交通」を物流の課題と解釈すると、伊那市ではサプライチェーンの課題が半数を占めるともとれますがいかがでしょうか?

白鳥:そう思われるのも無理はありません。伊那市は高低差のある山間部が多くの面積を占めており、高齢化が進んでいる地域です。そのため、人とモノの移動に課題が集中してしまうのは必然です。

その課題を解決するためには行政が市民の生活インフラである「サプライチェーン」の維持に責任を持つべきではないかと考えはじめたのです。もちろん、伊那市だけでは実現できません。行政というのは、ルールに沿って物事を円滑に進めることは得意でも、新しい発想でクリエイティブなものを生み出していくのには慣れていません。そこで今回の取り組みでは、民間企業のアイデアと大学の知見を取り入れ、国からも支援をいただいて、全体を私たち伊那市がとりまとめてコントロールしていくことにしたのです。

――産学官連携で事業開発を行うなかで、特に伊那市が持つ役割とは何でしょうか?

白鳥:行政である伊那市の目的は「市民のためのサービス」につなげることです。我々には、市民の生活を守る責任があります。だからこそ、行政が全体をコントロールすべきだと考えています。

一方で、企業の最大目的は「利益」です。収益性の低いインフラの構築を民間企業だけに任せるというのは無理があるのです。実証段階や試行錯誤の時期には、投資、資金がかかります。そこで大企業に技術実証ができる場を提供するかわりにそのコストを負担してもらうことにしました。ただ、仕組みができてしまえばそれを維持するコストはあまりかかりません。わずかでも利益がでる仕組みを構築できれば、地元の企業がサービスを維持する役割を担うことで、全体が持続可能なものになると考えています。

このようなプロジェクトでは関係者全員が最終的にWin-Winの関係を築かなくてはいけません。それぞれが役割分担されたチームとして一堂に会して事業を進め、補完しあえる関係となることで、ローカルなサプライチェーンをサービスとして社会実装することが可能になると考えています。

白鳥孝氏

地域の課題は地域の資源で解決する

――人とモノの移動以外の課題についてもお聞かせください

白鳥:伊那市では、自然環境に関しても大きな課題を抱えています。特に大きな課題として上げられるのは「獣害」と「自然資源の活用」です。

1つ目は、イノシシや二ホンジカなどの野生動物による「獣害」です。中でも、イノシシやブタ特有の伝染病である「豚コレラ」の感染が大きな問題になっています。ウイルスを持ったイノシシが養豚場に近づくと、家畜の豚に感染してしまいます。それによって養豚場で飼育している約2500頭すべてを殺処分しなければならない事例もありました。また、シカは農作物を食い荒らして地元の農業に打撃を与えるだけでなく、森林で樹皮を食べて樹木を枯らし、標高3000メートルの高山帯に生える高山植物を食べ尽くします。その結果、大雨による土砂崩れなどの災害を引き起こします。

2つ目に、自然資源の活用です。総面積のおよそ82%を森林が占める伊那市にとって、特に林業は重要な存在です。木材は資源として有効に活用したいのですが、以前はうまくいっていませんでした。そこで現在は木材をバイオマス燃料として活用する取り組みを推進しています。さらに自然の資源を活かす取り組みとして、高低差を利用したダムでの水力発電もあります。この2つで、2027年までに伊那市の一般家庭の電力の25%以上を賄うことを目標にしています。このように土地の資源を活かし、自活化した地域づくりを進めています。

「IoTのINA Valley」を目指して

――これまでうかがってきた課題を解決するための具体的なプロジェクトの内容をお聞かせください。

白鳥:協議会には7つの部会があります。IoTを地域ソリューションのツールとして、農業、林業、工業、物流、交通、定住、教育といったそれぞれの分野で新たなビジネスモデルを創出しています。

課題を解決するための具体的なプロジェクトの内容


「スマート農業」
インターネットを介したデータ活用型の営農管理等により、農業の担い手不足の解消や遊休荒廃農地の縮減を図り、「儲かる農業」の実現を目指します。

「スマート林業」
害獣からの食害、松くい虫による松枯れなどの地域課題に対し、先端技術を用いた対応します。さらに森林の材積調査や施業へのドローン活用等による生産性の向上を通じ、林業経営の効率化・高度化を図ります。

「スマート工業」
地域企業への先端技術の普及、システム運用を担い得る人材の育成をつなげることを目指します。

「ドローン物流」
こちらを参照ください。

「インテリジェント交通」
高齢者の移動手段として、タクシーの配車サービスを進めています。また、道の駅を拠点とした自動運転サービスで、大量の人と荷物を一度に運び、ドライバーの人材不足解消に貢献する実証実験を行っています。さらに現在始めようとしているのが「モバイルクリニック」です。移動式診察車が看護師を乗せて過疎地に出向き、病院にいる医者が遠隔地から診断するという仕組みです。2年以内の実用化を目指しています。

「アメニティ定住」
人口減少や少子高齢化に対する地域のロバスト性の強化につなげる取り組みを進めます。

「ICT教育」
シームレスに提供できる教育環境を整備し、グローバル化・情報化社会に向けた21世紀型のスキル習得を促進します。


――今後の展望は何かありますか。

白鳥:私たちが目指すのは、「ソフトウェアのシリコンバレー(アメリカ)」「ハードウェアの深セン(中国)」に次ぐ、テクノロジー集積地「IoTのINA Valley」です。先日、経済産業省の中小企業庁長官と話した際には、テクノロジーの活用に関して「伊那市は日本のトップを走っている」という言葉もいただきました。

また新しい仕組みづくりと同時に、私たちは積極的に「変えない」というアクションも取っています。伊那市は南アルプスと呼ばれる赤石山脈や、中央アルプスと呼ばれる木曽山脈に抱かれ、緑と水がとても美しい街です。この恵まれた自然をこれからも変えることなく、守り続けなくてはならない。たとえば、ネオンサインの看板には規制をかけるなど、昔ながらの景観を残していく動きもあります。変化すべきところと守るべきところを両立させて、地域の価値を総合的に上げていく。そして誰にとっても暮らしやすい環境をつくることが私たちのゴールです。

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