物流が通信に置き換わる?“効率化”と“価値向上”で3Dプリンタが暮らしを豊かに――慶應義塾大学・田中浩也教授インタビュー

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物流が通信に置き換わる?“効率化”と“価値向上”で3Dプリンタが暮らしを豊かに――慶應義塾大学・田中浩也教授インタビュー

取材・文:杉原由花(POWER NEWS)、写真: 渡邊大智

3Dプリンティング技術は“モノの輸送”を“データ通信”に置き換える——慶應義塾大学環境情報学部の田中浩也教授はそう言い切る。3Dプリンタの真価は、サプライサイド(供給側)の“効率化”とデマンドサイド(需要側)の“価値向上”の2つを追い求めることで発揮され、3Dプリンタが普及した社会では、モノの輸送量は大幅に減り、物流危機は解消されていると言う。サプライチェーンにさまざまな好ましい変化をもたらす3Dプリンティングとは、どのような可能性を秘めた技術なのか。

田中浩也

田中浩也(たなかひろや)

慶應義塾大学環境情報学部教授

1975年北海道札幌市生まれ。京都大学総合人間学部人間環境学研究科修了後、東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻にて博士を取得。その後、慶應義塾大学環境情報学部で教鞭をとり、2016年より教授。専門は3Dモデリング、創造性支援システム、デジタルファブリケーション。著書に『SFを実現する』『FabLife』など。

3Dプリンタは“モノの輸送”を“データ通信”に置き換える技術

——前回「3Dプリンティング技術は、今後、物流や流通など、サプライチェーン全体にも大きな変革をもたらす」と語られましたが、それはどういうことでしょうか。

田中:まず、3Dプリンティング技術はデジタルデータを元にしてモノを造形する技術であり、データを送れば、3Dプリンタが設置された場所ならどこでもモノが作れます。それは、モノそのものを送らなくても、データさえ送れば受信先でモノを出力できるということであり、モノの輸送が不要になります。その意味で、3Dプリンティング技術は“モノの輸送”を“データ通信”に置き換えると言えます。私の著書では「トランスポーテーションからテレポーテーションへ」という呼び方でも説明しています。

田中浩也教授

慶應義塾大学環境情報学部 教授 田中浩也氏

田中:分かりやすい例に、NASAが始めた宇宙での実験があります。宇宙船の装置の一部などが故障した際に、地上から3Dデータを送ってもらい、修理部品を3Dプリントして現地調達することを目指しています。これは宇宙でなくても可能で、5年ほど前、私たちが行った実験もあります。その際は3Dプリンタではなくレーザーカッターでしたが、スリッパの設計データのみを日本からケニアへ送り、現地にあるレーザーカッターと現地の材料を使ってスリッパを出力しました。

(出典:KULUSKA OPEN DESIGN PROJECT+ Jens Dyvik)

(出典:KULUSKA OPEN DESIGN PROJECT+ Jens Dyvik)

田中:こういうことがさまざまなプロダクトで当たり前になれば、最も大きな変革がもたらされるのは物流です。いまの物流は、工場で製造されたモノが倉庫で保管され、そこから随時店舗に運び、店頭で購入される。あるいは、インターネット通販なら、倉庫から消費者の元にトラックで運ばれるという流れです。

そうしたモノの流れを、3Dプリンティング技術は大きく変えるでしょう。3Dプリンタを使えば、工場ではなく、装置が配された倉庫や店舗などでモノが作れます。仮に、自宅に3Dプリンタがあって、そこで必要なモノがプリントされれば、モノの輸送はゼロに。店舗でプリントされた場合でも、輸送は店舗から自宅のみになり、工場から倉庫、倉庫から店舗への輸送が省かれます。倉庫でプリントされた場合にも、工場から倉庫までがなくなります。

そうした流れを先読みしてか、Amazonは2015年に3Dプリンティング技術のビジネスモデル特許を取得しています。客から注文が入ると、届け先近くの倉庫で商品の3Dプリントを始め、さらに、配送中にもトラックの中でプリントを行うというものです。これが実現すれば、モノの輸送距離や時間、コストが削減され、在庫を持つ必要もなくなります。

3Dプリンティング技術で貿易の40%がなくなる?

——ECの普及による荷物量増とトラックドライバー不足で、物流が停滞する「物流危機」が問題となっています。今後3Dプリンタの普及が進めば、物流危機は解決に近づきそうですね。

田中:物流危機を解決するためのテクノロジーとして、「ドローン宅配」や自動運転技術による「宅配ロボット」などの開発が盛んで、私が勤務している慶応大学SFCでも度々実証実験が行われています。それらに加え、3Dプリンティング技術も将来、問題の解消に大きく貢献するようになるでしょう。そして重要なのは、ドローンや宅配ロボットと3Dプリンティング技術を、相補的に組み合わせることだと思います。

意外に思われるかもしれませんが、私は社会全体で広く、1家に1台ずつ3Dプリンタが置かれる未来は来ないと思っているのです。私自身が、日本で最初に3Dプリンタを自宅で使い始めたと自負していますが、テレビで番組を見たり、スピーカーで音楽を聴いたり、キッチンで料理をするほどには、自宅で3Dプリントをする場面の頻度が高くないことを、身をもって体験しました。デマンドサイドから考えるなら、マンション全体で1台をシェアとか、コンビニ、あるいは郵便局のような場所に置かれているくらいで、現実の利用率とマッチするでしょう。サプライサイドから考えるなら店舗や倉庫で生産されるのが最も有力なシナリオです。

田中浩也教授

田中:いずれにせよ「1家に1台」よりも、社会全体で最適化し、シェアして使用するほうがよっぽど現代的です。さて、そうなると、近所で作られた3Dプリント品を自宅まで運ぶ「ラストワンマイル」の輸送が重要になってくるのですが、それを担うのが、ドローンや宅配ロボットの技術でしょう。先にも言いましたが3Dプリント品は、従来品に比べて「軽量化」が可能ですから、新しい輸送方法に貢献もできます。

視野を広げてみれば、これまで海外で生産し輸入していたプロダクトを、国内生産に切り替える契機と考えることもできます。国際輸送については、オランダの大手金融グループ「ING」が、2040年には世界の貿易の40%が3Dプリンティング技術により削られるとのセンセーショナルな報告書をまとめています。私たちもいま、このシナリオをもとに、現状、海外からの輸入に頼っているプロダクトを、3Dプリンティングによる新しい生産方式を導入しながら、国内生産に切り替えるという取り組みを企業とともに進めようとしています。

3DプリンタでCO2を大幅削減

——サプライチェーンにもたらす変化が逆に3Dプリンタ技術に与える影響は、ほかにもありますか。

田中:3Dデータから、消費者の近傍でモノが作られるようになったとき、もう1つどうしても必要なのは「素材」です。最終的には、同じ3Dデータからでも、使われる素材によって、クオリティの違うモノが作られることになります。これは例えば、同じ音楽データからでも、良いスピーカーで再生するか悪いスピーカーで再生するかで聞こえ方が変わり、人間の受ける価値が変わるのと似ています。そのため、日本国内では、3Dプリント用の、高品質、あるいは新機能をもった素材の開発がとても盛んなのです。

また、3Dプリント品は使われなくなったとき、ゴミになるのではなくリサイクル可能にしておけるところが良いですよね。モノをリサイクルしやすくするためには、なるべく「一種類」の素材だけでプロダクトを設計しておくとよいのです。そうすれば、いまのペットボトルのように、キャップと本体と包装をそれぞれ分別するといったことが不要になり、リサイクル処理がとてもスムーズになります。実際にアディダスが、そういうコンセプトのシューズを発表したりしています。

私の研究室では、リサイクル性を重視して「一種類」の素材だけで設計することになったとしても、これまで複数種類の材料を使っていたときと同じように、部位によっていろいろな機能特性を発揮できる3D設計技術を開発しています。そして、そのための3Dデジタルデータ形式を、新しいJIS(日本工業規格)標準として発表できることになりました。FAV (Fabricatable Voxel)というデータ形式で、間もなく公開されます。このあたりの「環境性」の追求はまさにこれからなのです。

田中浩也教授

“効率化”と“価値向上”の両輪で、暮らしを豊かに

——3Dプリンティング技術は、サプライチェーンに好ましい変化をもたらすものなのですね。

田中:そうですね。そして最後に重要なのは、愉しさや豊かさだと思います。 “価値”の研究にも力を注ぐ必要があります。

現代社会での最も大きなトレンドは、消費者ニーズの多様化です。実はもう「消費者」という言葉すら合わなくなってきていますね。前回、個々の身体にフィットする「スーパーフィット製品」を、何度も改善点を洗い出しながら、ユーザーと一緒に作っている話をしました。ユーザーは、モノを改良するごとに、だんだんと「フィット感」が上がっていく過程をとても楽しんでいるようです。

そして、自分なりの「ぴったり」を探し始めると、それは単に、身体に合うとか、機能的に合致するといったことを超えて、だんだん、心や感性の満足を追求する領域に入ってきます。モノを使いながら改良していくという、デザインプロセスに「参加」することそのものが楽しい、という新しいエンゲージメント感覚です。

消費文化のトレンド

出典:田中浩也氏提供の画像をもとにGEMBA編集部にて作成

田中:これまでの消費文化を支えてきたのは既製品で、人がモノに合わせて暮らすのが当たり前でした。それを逆にして、モノの方を人に合わせていく。自分なりの「ぴったり」を能動的に作りながら探していく。私たちはそういう人々を「消費者」ではなく「創造的生活者」と呼んでいます。

3Dプリンティングが当たり前なっていけばいくほど、実は「モノを所有」していることよりも、「モノを作る過程」に参加していることこそが本当の「価値」なのだ、という社会になっていくはずなのです。実際、音楽データがデジタルになってから、ライブ演奏やコンサートに出かける価値は上がりましたよね。

これから、日本は間違いなく超高齢化社会に突入するわけですが、その際に、これまで「消費者」だった人々が自然に「創造的生活者」的な暮らし方にシフトしていけるかどうかが究極的に鍵だと思っています。私の研究のモットーは「技術と社会の両面から研究すること」。超高齢化社会を支える3Dプリンティング技術は、まさに私のようなデザインとテクノロジーの視点を持った人間が貢献すべきところですし、世界的に見ても、日本が最も先端を開拓しやすいジャンルではないでしょうか。

3Dプリンタに関して、日本は出遅れたという声をよく聞きますが、技術力一辺倒ではなく、社会実装的な視点から逆算して考えれば、まだまだ世界をリードできる可能性が山ほどあると思っています。まさにこれから数年が勝負どころではないでしょうか。

関連記事:技術が成熟し、真価を発揮!3Dプリンタの現在に迫る

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