オムニチャンネルを知り尽くした鈴木康弘氏が語る、「デジタルシフト」成功のための5つのプロセスとは?

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オムニチャンネルを知り尽くした鈴木康弘氏が語る、「デジタルシフト」成功のための5つのプロセスとは?

取材・文:小村トリコ(POWER NEWS)、写真:渡邊大智

インターネット上の商取引であるeコマースの利用者が急増したことにより、ネットとリアルの両方のインフラを駆使して顧客への価値提供を目指す「デジタルシフト」は、すべての小売企業にとっての喫緊の課題となった。Amazonとウォルマートというアメリカの巨大小売企業が世界を舞台に激しい争いを繰り広げる中、日本企業の活路はあるのか。日本におけるデジタルシフトの第一線を走り続け、現在はデジタルシフトウェーブの代表取締役として活躍する鈴木康弘氏が、企業のIT改革を実現させるまでの道のりを解説する。


鈴木康弘(すずきやすひろ)
1987年富士通に入社し、システムエンジニアとしてシステム開発や顧客サポートに従事。96年ソフトバンクに移り営業、新規事業企画に携わる。99年ネット書籍販売会社「イー・ショッピング・ブックス」(現セブンネットショッピング)を設立。14年セブン&アイホールディングス執行役員CIO、15年同社取締役執行役員CIOを歴任し、グループ内のリアル店舗とネット販売を融合する「オムニチャネル戦略」のリーダーを務める。17年「デジタルシフトウェーブ」設立。現在は同社代表取締役として、デジタルシフトを目指す企業を支援する。著書に『アマゾンエフェクト! 「究極の顧客戦略」に日本企業はどう立ち向かうか』。


幅広い知見を持つ「CDO」は三位一体を実現するキーパーソン

――こちらのインタビューでは、日本企業がデジタルシフトを実現するにはまず経営者の意識改革が必要だと伺いました。具体的にはどのようにして取り組みを進めていくべきでしょうか。

鈴木:デジタルシフト成功の条件として私が提唱しているのは「三位一体」によるプロジェクトの推進です。三位一体とは、会社の経営者である「CEO」(Chief Executive Officer)、マーケティングの最高責任者である「CMO」(Chief Marketing Officer)、そして情報システムを統括する「CIO」(Chief Information Officer)の連携です。

鈴木康弘氏

株式会社デジタルシフトウェーブ 代表取締役 鈴木康弘氏

鈴木:とはいえ日本企業の場合、これまで専門性の高い業務はアウトソーシングするのが一般的であったこともあり、それぞれの部門における専門知識やお互いの部門への理解、また俯瞰的な視点が欠けてしまう傾向にあります。例えば、本来は組織内のすべてを理解しているべき立場のCEOが、ITシステムのことはまったくわからなかったりするのです。知らなければ勉強すればいいだけなのですが、残念ながらそうした意欲の高いCEOばかりではありません。いくら三位一体を実践しようとしても、このままでは三者間の会話は成立しないでしょう。

そこで必要となるのが、三者のかけはしとなる「CDO」(Chief Digital Officer)です。CEOの下で企業のデジタル化を推進するのが基本的な役割であり、経営、マーケティング、ITシステムに関して一定以上の幅広い知見が求められます。対等な立場で経営者のアイデアを聞き、組織に落とし込める形に整えていくという重要な存在です。

このCDOの役職を担う人材が、現在の日本では圧倒的に不足しています。だから私のようにエンジニア出身で経営もマーケティング企画もやってきたような人間が「シェアCDO」として間に入り、ゆくゆくはクライアントの自立を促していくことが、私たちのミッションなのです。

デジタルシフト成功の条件

CEO,CMO,CIOの連携をサポートする「CDO」(Chief Digital Officer)の働きが重要になる(株式会社デジタルシフトウェーブ提供の資料を元にGEMBA編集部で作成)

デジタルシフトを推進するプロセス

――デジタルシフトを成功に導くまでのプロセスについて教えてください。

鈴木:私はプロセスを下記の5つに分けて考えています。

1. 経営者の意識改革と決意(過去の成功体験から脱却し決断する)

2. 改革推進体制の構築(組織・個人の変革により戦う体制を整える)

3. 業務改革プロセスの構築(全社員が参加できるガラス張りのルール構築)

4. ITマネジメントプロセスの構築(ITの自社コントロールの実現)

5. 不退転の実行(トライ&エラーで走りながら修正していく)

それぞれ、順番に説明します。1番目は「経営者の意識改革と決意」で、そもそもこれがなければ何も始まりません。過去にとらわれず、時代の流れを意識して、新しい技術を恐れず学ぶ勇気を持ち、人任せにせずに自分が組織の先頭に立って行動することです。

ITシステムの詳細な知識を身につけることが難しければ、例えば経営者自身が自分のスマートフォンに自社に関わるアプリをダウンロードして、従業員の前で使ってみるだけでもいいのです。最前線で走る姿を周りに見せられる人こそがリーダーであり、そこに必ず人はついてきます。

2番目は「改革推進体制の構築」です。企業とは個人の集合体なので、企業変革を起こすには組織と個人の両方を変えていかなければなりません。組織変革のための体制づくりとしては、ワーキンググループなどの変革を推進する組織を社内に設定し、そのメンバーを選定することなどが挙げられます。そして個人変革のための体制づくりとは、必要な知識の教育であったり、勉強のために会社の外で経験を積む仕組みをつくることだったりします。このプロセスによって個人と組織の力が高まり、最終的な結果に大きな違いが出てきます。

3番目は「業務改革プロセスの構築」です。テクノロジーの分野で大きく成功した企業の組織構造の特徴を見ると、命令が上から下に降りてくる「ピラミッド型」ではなく、個々の部門が一定の権限を持ちながらスピーディに意思決定を行える「フラット型」であることが多い。とはいっても、現在ある日本企業の多くがピラミッド型の組織です。これをゼロから組み立て直すのは並大抵のことではありません。

そこで都合が良いのは、経営層と現場層のあいだに「ルール」を設定すること。ルールとは、誰にとっても納得できる「業務フロー」であったり、自社のサービスやツールを利用する顧客の体験を定義した「CXデザイン」であったりします。

ピラミット組織をベースにした業務改革のための体制イメージ

ピラミッド型組織をベースにした業務改革のための体制(株式会社デジタルシフトウェーブ提供の資料を元にGEMBA編集部で作成)

鈴木:ルールを真ん中に置くことの最大のメリットは、それぞれがルールに対して責任を持ち、主体的に改善していこうという意識が自然と生まれることです。例えば経営者から、何かしらの事業改変のアイデアが出てきたとします。従来のピラミッド型組織であれば、最高権限を持つ経営者の指示は絶対であり、たとえそれが多少間違っていたとしても、現場層の従業員が反発するのは容易ではありません。

しかし真ん中にルールがあって、その指示がルールに反しており、従うことで不都合や矛盾が出るという状況ならば、それぞれの部門が対等な立場で議論に参加することが可能です。議論の流れによっては、一度設定したルールを柔軟に変更していく場合もあるかもしれません。するとまた他の部門からルールへの意見が出てきて、最終的には全員が同じ方向を見ることになります。改革を進める上では、「全員が同じ方向を見る」ことがとにかく重要です。全社員が参加できるガラス張りのルール設定を行うことで、それが実現できます。

この体制をお薦めするのは、私自身にも実体験があるからです。私は2009年から「セブン&アイホールディングス」における、セブンイレブンやイトーヨーカドーなどのリアル店舗のネット通販事業を統合する「オムニチャンネル戦略」に取り組みました。複数の事業体を持つ巨大グループでまったく新しいデジタル戦略を進めるには、組織を1つにまとめるようなシステム設計が必要でした。どうしたら人に見てもらえて、説得力のあるルールを作れるのか。そういったことを考えながら現在の体制を形にしていきました。

鈴木康弘氏

「人をつくる」ことが業務改革の早道

――業務改革を進める上では、全社員が参加できるプロセス作りが重要ということですね。お話をうかがっていると、特に人の力を引き出すようなコミュニケーションを重視されているように感じますが、それはなぜでしょうか?

鈴木:改革とは結局のところ、人の力で行われるものだからです。つまり、業務改革のために重要なのは人材のマネジメントということになります。

これはプロセスの4番目、「ITマネジメントプロセスの構築」にも関連しています。デジタルシフトを実現するためには、外部のベンダーに丸投げするのではなく、チームを組んでITシステムを自社でコントロールできるようにすることが重要です。自社で行うからこそ、状況に応じた柔軟な対応をとり、時間とコストの大幅な低減が可能になります。

例えばシステム構築の途中で、急にシステムの要件を変更しなければならなくなったとします。外部のチームであれば見積もりの交渉から始めることになりますが、社内で信頼のおけるプロジェクトリーダーにお願いすれば「わかりました、すぐにとりかかります」と言ってくれて、スピーディーに事が運ぶということが実際に起こるのです。

その際に不可欠なのは、チームの統括者がメンバーのモチベーションを保ち、信頼関係を築くことです。エンジニアとは一種の職人です。指示の声かけひとつにしても、「そこそこのものを作ろう」ではなく「日本一のものを作って家族に自慢できるようにしよう」と号令をかければ、自然と全員がいい仕事をしてくれます。

また、大事な場面では必ず現場に行ってメンバーの顔を見たり、夜中の作業が必要な局面では食べ物を差し入れしたりと、日々のコミュニケーションも大切なことです。これらは私がエンジニアとして働いていた時に上司がしてくれて励みになったことであり、自分がリーダーとなった際に自らも実践し、体系化していきました。

ITマネージメントプロセスの構築イメージ

株式会社デジタルシフトウェーブ提供の資料を元にGEMBA編集部で作成

鈴木:そして最後の5番目は「不退転の実行」です。前出の4つのプロセスを正しく実行したからといって、必ずしもすぐにうまくいくわけではありません。しかし失敗しても、成功するまでやり続ければいいのです。成功者ほど人一倍の失敗を経験しています。私はかつてソフトバンクの孫正義会長や、セブン&アイホールディングスの鈴木敏文名誉顧問の下で働いてきました。お二方に共通していると感じたのは、何があっても絶対に諦めず、失敗を失敗と感じないような精神力です。

サプライチェーンの全体最適は目線をそろえることから

――これまで小売業界の企業内での改革のお話を伺いましたが、このノウハウは製造や物流など、サプライチェーンにおける他分野の企業でも役立てることができるでしょうか。

鈴木:小売業はエンドユーザーである顧客に最も近い存在ですが、顧客と距離がある製造や物流の分野ではデジタルシフトへの危機感が薄いのかというと、決してそうではないと私は考えます。例えば、製造業のほうが自社製品の改善に対して予算をとりやすく、変革を起こしやすいという一面もあります。

ただし、サプライチェーン全体を見たときに注意したいのは、製造業は製造の目線、物流業は物流の目線、小売業は小売の目線と、それぞれの目的がバラバラになってしまいやすいことです。例えばメーカーが小売に持ってくる商品データが、その小売企業にとって価値を持たないことも少なくありません。

鈴木康弘氏

鈴木:これは組織構造の構築と同じです。サプライチェーンのプレイヤーが寄り集まって、同じ方向を向いてフラットに議論することができれば、それぞれの目線はお互いにとっての新しい発見を生む斬新なアイデアとなり、全体の最適化につながっていくはずです。それにはやはりCDOのような、各社の意見を整理する中継役となる存在が重要になってくるのかもしれません。

全員が主体的に参加して、モチベーション高く取り組める環境を整えること。その実現のためには、成功するまで挑戦を続けるという、リーダーの不屈の姿勢が不可欠だと考えます。

関連記事: Amazonと日本の小売業は何が違う? デジタルシフトをリードする鈴木康弘氏が語る「カスタマーファースト」の重要性

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