「美しい工場」を作りたい!アッシュクラウド創業者が抱く理想像とは――現代中国・イノベーションの最前線

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世界の製造業に押し寄せる変革、中小企業の現場が抱える課題

生産現場をIoT(モノのインターネット)とAI(人工知能)でアップデートするインダストリー4.0が注目を集めている。この製造業の変革の波を、中小企業がいかに取り入れるか。そのヒントとして、中国・広東省深圳市のスマートフォン周辺機器メーカーであるアッシュクラウド(深圳市黒雲信息技術有限公司)の事例を紹介する。

インダストリー4.0はドイツの国家プロジェクトとして始まった。蒸気機関の活用で生産力が高まった第一次産業革命、電気と分業によって大量生産が可能となった第二次産業革命、コンピューター制御による自動化が推進された第三次産業革命に続く製造業の変革を示す言葉だ。インダストリー4.0というコンセプトは、ドイツのみならず世界中で共有されている。

例えば中国で2015年に発表された産業政策である「中国製造2025」もその1つ。米国政府はこの政策を真っ向から批判し、中国製造2025は中国企業への補助金、外資企業に対する技術供与の強要につながっているという。ただ、政策文書そのものは「製造業のデジタル化・ネットワーク化・スマート化を促し、イノベーションによる駆動という発展」など、製造業のアップグレードを目指す内容であり、インダストリー4.0を強く意識しているようだ。そして、日本政府も2017年3月に「Connected Industries」構想を発表。IoTや人と機械の協同・共創を目指す方針を示している。

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また、政府レベルで大方針を示すだけではなく、民間での取り組みも活発だ。シーメンス、GE、パナソニックなどの大手ベンダーが工場のスマート化ソリューションでしのぎを削る。中国でもファーウェイやアリババグループなど大手が智能製造(スマートマニュファクチャ)のソリューションを発表している。

だが、このような動きでインダストリー4.0が急速に普及するとはいかないのが現状だ。製造業をデジタル化するプロセスは、工場に各種のセンサーを設置して、製造現場に関するデータを収集することで「見える化」し、AIを含めたデータ分析によって改善点を洗い出していくという流れが一般的だが、それぞれの企業、工場の工程は千差万別。現場改善に必要なセンサーやデータは何かについても最適解はなく、それぞれが手探りで探していく必要がある。

外部のソリューションを導入するにせよ、あるいは独自にスマート化のシステムを内製するにせよ、各企業が主体的に取り組むことが製造業のアップデートを成功させる鍵となるだろう。

スマホケースメーカー「アッシュクラウド」の強みはサプライチェーンにあり

そうした中、注目されている企業がある。それがアッシュクラウドだ。スマートフォンケースや自撮り棒などのスマホ周辺機器のOEM(相手先ブランドによる受託製造)を手がけるメーカーだが、英経済誌『エコノミスト』を筆頭に多くのメディアに、中国版インダストリー4.0を体現する注目企業として取りあげられている。同社は主に欧州市場への輸出が好調だ。アッシュクラウド広報によると、欧州の非携帯キャリア・スマホケース市場では70%のシェアを占めているという。2016年の売り上げは約2億5000万元(約40億9000円)に達している。

同社のある深圳(しんせん)市は、世界最大のEMS(電子機器受託製造)企業である富士康(フォックスコン)、2018年にアップルを抜き世界2位となったファーウェイなどを擁する携帯電話製造の世界的中心地だ。そのため、深圳には無数のスマホ周辺機器メーカーが林立している。

そんななか、なぜアッシュクラウドはこれほど高いシェアを持つことができるのだろうか。彼らの製品を手にしても、その秘密はよく分からない。それもそのはず、主力製品のスマホケースはほとんどが外注品だ。他企業に発注し、アッシュクラウドがプリントなどの簡単な加工や検品、包装、発送を請け負うという流れになっている。つまり、製品そのものには他社との違いはないわけだ。

彼らの競争力の源泉はERP(Enterprise Resource Planning、企業資源計画)システムにある。アッシュクラウドはサプライチェーンを管理するERPシステムを内製し、iOSアプリとしてリリースしている。全管理職にはiPhoneかiPadが供与されているが、手元の端末から会社に関するありとあらゆる情報を把握し、指示を行うことができる。

ERPシステムのデモ画面

ERPシステムのデモ画面。iOSアプリで手元の端末にさまざまな情報を表示できる

顧客からの発注、サプライヤーからの注文、生産ラインの従業員数、生産数、消費電力量、在庫、発送した製品の現在位置……果てはエレベーター1基ごとの電力消費量まで表示される。有給休暇の申請、お昼ご飯の出前注文といった機能まで盛り込まれている。恩恵にあずかれるのはホワイトカラーだけではない。製造ラインごとに作業指示書やリアルタイムの生産目標達成率や不良品数が表示されており、一目で生産状況を把握できる。

このERPシステムは同社のクライアントや部品サプライヤー向けにも提供されている。企業の機密情報までは開示されないとはいえ、クライアントはアプリから発注ができ、注文した製品がいくつまで製造を完了したのか、あるいはすでに発送されたのかどうか、そして物流企業のシステムを通じて発送された製品がどこを移動中なのかまで把握できる。部品サプライヤーはアプリ経由で発注を受け、アッシュクラウドにどれだけの材料、部品が残っているかといった情報を共有できる仕組みだ。

大きな付加価値を生む、製造工程・経営情報・発注の「見える化」

これほどの詳細なシステムは、どのように作られたのか。

「最初から完全なシステムを作ったわけではない。10年以上にわたり、必要な機能を追加するアップデートを繰り返した結果だ」

アッシュクラウドの創業者である陳冠義(チェン・グワンイー)は言う。陳は台湾の出身だ。大学卒業後、兵役を経て2000年に台湾のスマートフォン周辺機器メーカーに就職し、深圳市で駐在員として働いた。2004年に独立し、アッシュクラウドを創業する。

陳冠義氏

アッシュクラウドの創業者・陳冠義(チェン・グワンイー)氏

当初はマンションの1室をオフィス兼作業場とし、スマホケースを買い付けて小売業者に販売するという小さな会社だった。つまり元々は調達代行企業だったわけだ。創業から3年後の2007年から一部加工などの製造業への転身が始まる。

創業初期の時点から、陳はデジタル化を推進した。その狙いは3つの「見える化」だ。第一に製造工程。サプライヤーから調達した製品や部品の不良品率をすべてデータとして記録した。問題が多いサプライヤーとの取引中止や低品質の部品の調達をやめることで、アッシュクラウド製品の不良品率を引き下げ、コスト削減に成功した。

第二に経営情報の見える化。どの取引先との、どの取引によって、どれだけの売り上げと利益をあげることができたのか。売り上げとコストの双方を把握することによって、リアルタイムに経営状況を把握することができる。

そして第三に発注の「見える化」だ。アッシュクラウドのスマホケース製造は、多品種小ロット生産の典型だという。機種ごと、カラーバリエーションごとに異なる種類を用意しなければならず、また顧客ごとに包装や検品に対する要求やニーズも異なってくるためだ。細かな顧客ニーズを、間違いなしに対応することができれば、大きな付加価値となる。

こうした3つの見える化をデジタルによって実現した。最初は顧客からの発注と細かな条件付けがそのまま作業指示書に反映されるシステムを構想したという。顧客からの発注がそのまま労働者への作業書となれば、時間が短縮される上に、間違いもなくなるというわけだ。今では発注が入ると最短4時間で出庫されるまでに時間短縮に成功した。

当初はパッケージソフトとして販売されている既存のERPシステムを導入することも検討したが、自社のニーズに合致するものがなかったため、内製することを決意したという。開発を始めたのは2005年。インダストリー4.0という言葉が最初に登場したのは2011年なので、その6年も前からこつこつとデジタル化を進めてきたことになる。2011年にはiOSアプリに移行し、現在の形態となった。現在も2週間に1度のペースでアップデートを繰り返し、機能の追加などの改善を進めている。

「美しい」工場という理想の追求が結果として競争力をもたらした

アッシュクラウドのERPシステム開発は、創業者である陳の個性によるところが大きい。大学でインダストリー・デザインを学び、日本やドイツの美しく整理整頓された工場に憧れを抱き続けてきた陳は、理想の工場を作るべく邁進してきた。

乱雑に材料が置かれ、諸肌を脱いだ男たちが歩き回ってる……中国の中小事業者にはそうした粗雑な工場が目立つが、アッシュクラウドの工場は、アートギャラリーを思わせるようなデザインと清潔さを保っている。もっとも、陳はあくまで「日独には遠く及ばない」と謙虚な姿勢を崩さない。

アッシュクラウドの工場

アッシュクラウドの工場

陳の理想は現実の工場のみにとどまらなかった。美しく、そして包括的な管理システムを作りたい。今から振り返れば、サプライチェーンの「見える化」に成功したことがアッシュクラウドの競争力の源泉となったが、最初からこのゴールを見越していたというよりも、理想を追求する姿勢が結果につながったと見るほうが正しいようだ。

日本企業の生産管理、現場管理、改善の工夫は、陳を含め世界から称賛を集めている。その姿勢を現実の工場からデジタルの世界にも敷衍(ふえん)させていった先、オフラインもオンラインも「美しい」工場を作り上げ、「美しい」サプライチェーンを構築することが、製造業の変革に繋がる入り口なのかもしれない。

高口康太

高口康太

フリージャーナリスト、翻訳家

フリージャーナリスト、翻訳家。1976年、千葉県生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。二度の中国留学経験を持つ。中国をメインフィールドに、多数の雑誌・ウェブメディアに、政治・経済・社会・文化など幅広い分野で寄稿している。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。




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