世界に広がるIoT戦争で、日本が生き残るために必要なもの――野城智也東大教授から現場への提言

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世界に広がるIoT戦争で、日本が生き残るために必要なもの――野城智也東大教授から現場への提言

取材・文:小村トリコ(POWER NEWS)、写真:山﨑美津留

世界中でインターネットを主戦場としたデジタルなイノベーションが急速に進む中で、AmazonやGoogle、アリババといった巨大IT企業が、既存産業の枠組みを超えた技術システムの集合体「システムのシステム」(System of System)戦略による主導権争いを繰り広げている。 東京大学生産技術研究所の野城智也教授は、「現代の日本社会はイノベーションが起こりにくく、今は完全に出遅れている状況だが、日本ならではの良さを活かすことができれば必ず活路は見えてくる」と言う。SCM(サプライチェーンマネジメント)の最適化とも切り離せない、ITイノベーションにおける国内の現状と課題、今後目指すべき方向性とはどのようなものなのか。

野城智也

野城智也(やしろともなり)

1957年東京都生まれ。専門である建築学をベースに、サステナブル建築、イノベーションのマネジメントに関する研究を展開する。2001年に東京大学生産技術研究所教授に就任。過去に東京大学生産技術研究所所長、東京大学副学長を歴任する。主な著書に『イノベーション・マネジメント:プロセス・組織の構造化から考える』など。

SCM分野におけるITイノベーションのプロセスの特徴

――製造・物流・流通など、日本のSCMの現場では、近年どういったITイノベーションが起こっているのですか。具体的な事例を教えてください。

野城:過去に私は、「木材流通のトレーサビリティ・システム」導入のための社会実験というプロジェクトに関わりました。流通における木材の状況をモニタリングし、国産材のサプライチェーンに関する問題を解決しようという試みです。

トレーサビリティは「追跡可能性」とも言われ、製品の流通経路を生産段階から最終段階まで追いかけられる状態を指します。カナダやアメリカから輸入された木材は、厳格な品質保証がなされています。産地はもちろんのこと、乾燥の度合いを表す「含水率」や、強度に関連する「ヤング係数」が明示されるので、建築材料として使用しやすい。対して日本の木材にはそのような仕組みがないので、付加価値を持たせて販売できなかったのです。そのため100年かけて育てた立木が、たった1,500円で売られてしまうケースもありました。

そこで、まずは兵庫県宍粟郡(しそうぐん)の森林の関係者の皆さんと連携し、木材に電子タグやバーコードを付けることで産地や品質をトレースできるシステムの実験を行いました。すると、これまで大雑把に管理されていた「物の流れ」が見えてきて、新たな課題も明らかになりました。流通過程における木材の在庫があまりにも多く、そのせいで中間コストが跳ね上がっていたのです。これを解決するため、山に生えている木に1本ずつIDナンバーを振ってデータベースで共有し、顧客から注文が入った分だけ伐採して出材するという、オンデマンドの在庫管理システムを試作しました。

このシステムを動かしてみると、さらに別の可能性も見えてきました。 森林所有者からは「木材を切り出して加工するための資金が足りないので、すべての注文に対応できない」という声を聞きました。100件分の注文が入っても、10件分の木材しか出すことができないと言うのです。なぜこういったことが起こるかというと、木材のサプライチェーンは他業界と比べて流通ルートがとても長く、エンドユーザーから資金を回収して生産者に戻すまでに期間を要するからです。丸太が板材になり、施工されて建物になるまでには2年間もかかる。これではキャッシュがショートするのも当然です。資金がなければ出荷や加工ができる量は限られてしまいます。

――芋づる式に次々と課題が出てきたのですね。

野城:これは前回、説明した「イノベーション・プロセス・メタモデル」(IPMモデル)における循環プロセスの典型だと言えます。新しい仕組みを具現化して適用したところ、さらなる課題に直面したので仕組みの見直しを行い、仕組みの新たな使い方を工夫するという「繰り返し」のサイクルです。

具体的には、木材トレーサビリティ・システムで木材の担保価値を証明し、金融機関から融資を受けられる「ABL」(Asset-based Lendingの略、動産担保融資)の枠組みを設計しました。これによってサプライチェーンの中にいる各事業者は、自分の仕事が終わった時点でほぼタイムラグなく資金を得ることができます。まだイノベーションと呼べるほどの変化の規模ではありませんが、共同研究者の方々は社会実装に挑戦し、現在はビジネスとして成り立たせておられます。

――この「繰り返し」のサイクルは、材料の調達から商品が製造され、消費者が購入するまでの流れを管理するSCMならではの特徴なのでしょうか。

野城:循環プロセスはどのような業界、分野でも起こり得ます。ただSCMにおけるイノベーション・プロセスの特徴として、この繰り返しが無限に続いていくことが挙げられます。初めに1つの変化が起こったあと、それだけで終わらずにまたプロセスがまわり、さらなる変化を起こして進化を続けていくイメージです。

なぜ無限に続くのかというと、サプライチェーン上にいる人たちからのフィードバックは永遠になくならないからです。今回、森林所有者から声が上がったように、生産、加工、流通、販売とそれぞれのプレイヤーから改善の提案が返ってきます。それが日本のとても優れたところです。さまざまな地位や待遇の方々が、総じて言えば個々人が自らの仕事にポジティブに取り組んでいるからこそ可能なことでしょう。

イノベーションをマネジメントする側としては、改善のヒントとなる意見が上がったときにその声をきちんとすくい取り、スピード感を持って次の工夫や改善のプロセスをまわしていくことが必要です。これが組織運営上の勝負どころで、改善プロセスの回転がなめらかであればあるほど競争力は高まっていきます。

インタビューに応じる野城教授

東京大学生産技術研究所の野城智也教授

「システムのシステム」戦略で海外企業が生み出す、巨大なオープン・イノベーション

――野城教授は著書の中で、日本社会でのイノベーションにおける構造的問題を指摘されています。日本はどのような課題を抱えているとお考えですか。

野城:イノベーションはある意味では「新しい組み合わせ」の創出です。これまで縁のなかった企業同士が連携してチームを作り、ノウハウ、アイデア、データなどを集約することで、革新的なサービスや製品が生まれます。これがオープン・イノベーションと呼ばれるものです。

日本はこの「企業間連携」が圧倒的に弱い。原因の1つに、サプライチェーンの川上から川下までを自社で行う「垂直統合」のビジネスモデルがあり、大企業の多くがこのモデルを採用しています。こうして企業規模が大きくなるほど、各事業部を統制しようとする管理システムが強く働き、結果として経営は慎重で保守的になりがちです。

1つの会社が複数の技術を持っていて、それらの技術を結びつけて新しい可能性を生むことが理想です。しかし現実には、垂直統合された部門ごとの管理システムの影響力が強すぎて身動きがとれない。部門間をまたぐプロジェクトを始めるには何度も稟議をまわして上司の決裁を得る必要があり、意思決定のスピードが著しく遅くなってしまうのです。社内の連携ですらこの調子ですので、まして外部パートナーと組むとなれば超絶的に大変です。

私たち東京大学の研究所には、新しいプロジェクトの構想を持った企業が日々、相談に訪れます。しかし、話が進んでいざ共同研究開発をスタートしようとする段階になると、分厚い契約書類を抱えた知財担当者がやって来ることも増えてきました。それを処理するのは研究者です。すべての手続きを終える頃にはすっかり消耗してしまい、研究にかける創造力のエネルギーがなくなっているのです。

――海外の企業の連携プロセスは、やはり日本とは違うのでしょうか。

野城:アメリカや中国のスピード感は日本とは比べものになりません。グローバルな巨大企業であっても、小規模なベンチャー企業と積極的に提携し、新事業を展開しています。ベンチャー企業とは、特定の目的にリソースを集中させて一直線に行動するという、並外れた力強さを持つ存在です。大企業がイノベーションを加速させるには、ベンチャーのダイナミズムが不可欠だと言えます。

またIoT関連での大きな動きとして、世界では「システムのシステム」(System of System)戦略という、産業の垣根を越えてものをつなげていくための仕組みの構築が進んでいます。Amazon EchoやGoogle Homeといった「スマートスピーカー」が最もわかりやすい事例で、スマートスピーカーの購入者は、それを使ってテレビや炊飯器、空気清浄機などを動かしてみようと考えます。いつの間にか、家の中はAmazonやGoogleのAPI(アプリケーションプログラミングインターフェース)でひもづいた「スマート家電」ばかりになる。つまりAmazonやGoogleは、いつどこで誰がどのように生活しているのか、すべての情報が取れるのです。

それらのデータは次のビジネスへの大きなリソースとなります。海外の巨大IT企業はこうした仕組みをすべて計算した上で、消費者に気づかれないよう巧妙に浸透させています。

中国のアリババも同様です。オンライン決済サービスのアリペイをはじめ、ECサイト、マーケットプレイス、検索エンジンと、さまざまなセクターに事業を広げています。現在、彼らが推進しているのは、人工知能で都市のインフラを丸ごと管理統制する「スマートシティ」の構想です。例えば、「あなたが病気になって救急車を呼んだとき、最短時間で病院に着けるようにすべての信号を制御します」というのがアリババの構想です。夢物語のような話ですが、アリババが持つ莫大なデータを考えれば、決して不可能ではないと思わせるほどの勢いで事業を展開しています。

このように、既存のシステムをまとめて支配する仕組み「システムのシステム」のリーダーシップを誰がとっていくか、IoTを軸にした激しい競争が始まっています。いや、競争ではなく戦争だと言ってもいい。あまりにも巨大なオープン・イノベーションです。

インタビューに応じる野城教授

東京大学生産技術研究所の野城智也教授

日本が起こすイノベーションの鍵は、「ものづくり」

――イノベーションの枠組みが変容していく中で、日本はどう対応していけば良いのでしょうか。

野城:残念ながら、今は劣勢と言わざるを得ない状況ですが、しぶとく戦っていくしかありません。現在、国内で活発なのが「プロジェクト型」のオープンイノベーションです。1つのプロジェクトを軸に外部パートナーと提携し、別会社を新設するなどによって本社の外でチームを結成しています。

大企業が保守的であるという現状は簡単には変えられません。しかし垂直統合の枠から外れてしまえば、イノベーションの妨げとなる規則や慣習から解き放たれ、プロジェクトの目的達成のためのダイナミズムを得ることができます。

例えば、近畿地方のガス事業者である「大阪ガス」は、2008年とかなり早い段階からオープン・イノベーションの取り組みを進めています。社内で上がった「今どんなことに困っているのか」「どのような技術があればそれを解決できるのか」という声をリストアップし、社外の専門家や技術者に向けて「ニーズ」として公開します。そして、会社のニーズとパートナーの技術がマッチングすればプロジェクトが始まる。こうした動きは他の企業にも広がっており、日本企業も徐々にオープン・イノベーションの経験値を積み上げています。

――今後のイノベーションの可能性として、日本ならではの強みは何だと思われますか。

野城:2つの可能性が挙げられます。1つは、日本が文化的に成熟していることから来る可能性です。日本人の基本的な性質として、洗練されたモノやカルチャーに対する感受性がとても高い。この感性が活かせる分野でのイノベーションです。例えば、東京の渋谷や原宿には、サブカルチャーと呼ばれる独特の文化を持つ若者たちがいます。彼らが面白いと感じる何かをイノベーションに向けて動かしてくれれば、今までにないものが生まれてくるはずです。

もう1つは、日本にはまだものづくりの力が残っています。言うなれば、「システムのシステム」の裏をかく戦略です。巨大なグローバル企業の得意分野はあくまで全体的なシステムの構築であって、ものづくりという細分化されたビジネスにまでは手を出してきません。これを逆手にとり、製造技術に特化したイノベーションを起こす。例えば、「日本で製造したその要素やコンテンツがなければ世界のスマートシティは動かない」という状況が成立すれば、今後スマートシティの基盤システムがどんなに改変されても日本は地歩を固めて戦い続けることが可能です。

そういったイノベーションを実現するために今の日本に求められているのは、人と人が結びつくための環境づくりです。起業家や投資家の交流の場である「ベンチャーカフェ」がボストンから東京へ進出するなど、日本でもイノベーションの土壌が少しずつ整えられてきています。

次は、私たち自身の意識改革が必要です。現代のイノベーションとは一部の研究者や発明家が起こすものではなく、あらゆる人の行動が作用した結果として起こるもの。これを理解した上で私たち全員が「新しいことをしよう」という明確な意志を持ち、能動的に社会とつながり、人と関わっていく。そうすれば国家全体としてのイノベーション・システムのパフォーマンスは劇的に向上するでしょう。

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