持続可能な漁業を実現するために――水産庁が目指すスマート化への取り組みとは

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持続可能な漁業を実現するために――水産庁が目指すスマート化への取り組みとは

取材・文:小村トリコ(POWER NEWS)、写真:井上秀兵

製造業を広義で捉えれば、私たちの食生活に欠かせない「水産業」もまた、サプライチェーンマネジメントの重要な一端を担っている。昨年、これまでの漁業制度を大幅に見直す漁業法の改正が行われるなどの水産政策の改革が進行中だ。その大きなポイントの1つが、新たな「資源管理システム」の導入である。漁獲量を正しく把握し、持続可能な漁業の体制を築いていくためには、テクノロジーの導入とICT活用が欠かせない。水産庁研究指導課、課長補佐の鏑木健志氏は、「デジタル化の流れが広まったのは約10年ほど前から。はこだて未来大学の先進的な研究が注目されたことや、東日本大震災によって危機を迎えた東北の沿岸漁業の復興支援に通信会社が乗り出したことなどがあるのではないでしょうか。そのように同時多発的に企業、大学、自治体、省庁が漁業のデジタル化を進めてきた背景があります」と話す。「水産改革元年」を迎えて今まさに転換点にある日本の漁業は今後どのように変わっていくのか。

豊富な水産資源、日本の漁業を守るための改革

――日本の水産業について、諸外国と比較したときの特徴を教えてください。

鏑木:日本近海は、多種多様な魚が水揚げされる世界有数の豊かな漁場です。それは、暖流である黒潮(日本海流)と寒流である親潮(千島海流)がぶつかる海域に日本列島が位置しているためです。また日本列島は南北に長いため、瀬戸内海や太平洋、東シナ海、日本海とバラエティに富んだ海洋条件を有している。これにより、イワシやアジ、サバといった大量漁獲の魚から、希少価値の高い少量漁獲の魚まで、魚種は多種多様です。そのため漁船と漁業者の数が多く、小型漁船の割合も極めて高いことが特徴です。

一方、漁業先進国と言われるノルウェーやアイスランド、ニュージーランドは、特定の魚種のみを対象にして漁船の集約と管理を行い、効率的な漁業を進めています。2017年に水産庁が発表したデータによると、日本は漁業者1人当たりの水揚げ量が27.5トン、漁船1隻当たり31トンであるのに対して、ノルウェーは1人当たり214.5トン、1隻当たり638トンと、極端に違う結果になります。日本の場合、沖合漁業や遠洋漁業においてはノルウェーに引けをとらない量を揚げているものの、沿岸の小さな漁船では生産量が少なく、規模にかなりのバラツキがあるのです。

インタビューに応じる鏑木氏

水産庁研究指導課・課長補佐の鏑木健志氏

――日本の水産業にはどのような課題がありますか。

鏑木:1つには漁業者の高齢化があります。これまで日本の漁業を支えていたベテランの漁師たちが次々とリタイヤしていく中で、担い手が圧倒的に不足しています。若い人たちが安心して漁業の世界に入り、安定して漁業を続けられる環境づくりは喫緊の課題です。

もう1つは資源の問題です。1984年をピークに、日本の漁業生産量は減少し続けています。このピークを作った大きな要因は「マイワシ」です。マイワシは個体数の変動幅が特に大きいことで知られており、一時期だけ爆発的に増えたことで全体の漁獲量を底上げし、その後、数を大幅に減らしたことで全体の生産量も大きく下がりました。ただ、それ以外の魚種も極端ではないですが、なだらかな減少傾向が続いている状況です。

マイワシの資源変動は、さまざまな海洋環境条件の変化によって起こると言われています。乱獲によって大幅に減ったと言われることもありますが、実際は海流などの海洋環境の変化の影を受けたからです。温暖化の影響ではないかという話もあり、まだ確実には原因の特定ができないようです。マイワシの例からわかるのは、魚は環境条件が整えば、大幅に資源量を増やすことが可能だということです。そのためには常に一定の親魚が残っていなければなりません。そこで漁業を行う側としては、「豊漁だからどんどん捕ろう」ではなく、魚を限りある水産資源と認識して、資源量を維持しながら安定的に漁獲をしていくためのルールを敷くことが必要になってきます。

マイワシの写真

東アジア沿岸域に広く分布するマイワシ

――それが政府の水産改革につながるのですね。

鏑木:改革のキーワードの1つは「資源管理」です。資源管理は資金運用に似ているとも言われます。例えば、ある海域に100トンのカツオが生息していたとします。そこに1年間のうちに新たに3トンのカツオが親に育って加わってくるなら、年間のカツオ漁獲量を3トン以内に抑える。このサイクルを守っていれば魚の捕りすぎは起こりませんので、持続可能な漁獲が実現できます。

資源管理の概念図(参考:水産庁「TAC制度紹介パンフレット」)

こうして魚種ごとに漁獲量の上限を定めて資源管理を行うのが「TAC(漁獲可能量)制度」です。日本では1996年から導入が始まりましたが、これまで対象になっていたのはマイワシやサンマなどわずか7魚種のみ。そんな中、戦前の漁業法を全面的に改正して民主化を計った1949年以来、およそ70年ぶりとなる2018年に新たな改正漁業法が成立し、水産改革が行われようとしています。TAC制度を適用する魚の種類を大幅に増やし、より細やかな資源管理をしていくことが骨子の1つとなっています。

ただしTAC制度を運用するためには、魚種ごとに総資源量や漁獲量、あるいは水温や塩分など海洋環境にかかるデータを正しく迅速に把握、管理していかなければいけません。そのために必要な技術開発をしているのが、「ICTを利用した漁業技術開発事業」です。

デジタル化によって海の情報を「見える化」する

――水産庁が推進するICT活用の取り組みとはどのようなものでしょうか。

鏑木:この事業では大きく分けて2つの技術開発を行っています。1つは九州大学の応用力学研究所が主体となり、各県の水産試験場や各種メーカーが共働して福岡、佐賀、長崎など九州北部の沿岸エリアで進めている「スマート沿岸漁業推進事業」です。まずは漁の合間の時間を使って水温と塩分を簡単に観測できる装置を新たに開発して、漁船に設置。水深別のデータを収集し、研究機関に向けてスマートフォンやタブレットなどのデバイスで送信します。同様に漁船の潮流計や魚群探知機等のデータも送信し、その他の海洋観測情報と併せて多様なデータをスーパーコンピューターで分析して、水深別の潮流や水温、塩分の変化を予測します。そして、その結果を他の漁師たちが持つスマートフォンやタブレットに提供するというアプリケーションの開発プロジェクトです。2017年から始めた事業で、2019年から本格的な実証段階に移ります。

そもそも漁業は、海流や潮流、風向き、水温、気候といったあらゆる環境情報をもとに、いつ、どこに魚がいるのかを推測して漁獲につなげるものです。ベテランの漁師は、勘と経験によってこれらの動向を判断して最適な漁場を選んできました。それでも沿岸部の環境条件は複雑なために、現地へ行って魚群探知機を使ってみて初めて無駄足だったことが判明した、というケースも少なくありません。それでは漁業者にとって、時間や船の燃料などの経費の大きなロスになってしまいます。このアプリケーションでは、海に出る前から漁場の最新の情報を受信できると同時に、データ分析に基づいた信頼性の高い漁場探索のアドバイスを受けることが可能になります。

本プロジェクトの画期的な点は、実際に操業する漁船にデータ収集の一端を担ってもらうところです。従来は水産試験場や研究所が独自に観測ブイを設置するなどをしてきましたが、装置の設置とメンテナンスにはかなりのコストを要することから、観測網を拡大していくことは困難です。漁場に広く展開している漁船からデータを得られることは、研究者にとって喜ばしいことですし、協力漁船にとっても、自分の操業する海域についての詳細な情報をフィードバックしてもらえるので、双方にメリットがあると言えます。

船上でタブレットを使用する様子

――海の情報をデータとして可視化するのですね。もう1つの取り組みは何ですか。

鏑木:「ICT養殖推進事業」です。宮城県女川町でのギンザケ養殖において、生け簀の中の状態をモニタリングしてデータ取得するとともに、リモート操作によって生け簀の魚への給餌作業や、生け簀の深さの調整を陸上から操作できるシステムを作っています。

生け簀は通常、岸から少し離れた海上にあります。養殖業者は毎日、こまめに魚の様子をチェックして餌を与えます。魚の成長にあわせて大きさ別に選別し直したり、生け簀にいる魚の数を確認することや、網の掃除、水温によって魚が死なないよう生け簀の深度を移動させるなどの作業を、足場の悪い海上で行う必要があります。これらの作業を自動化して省力化するとともに、陸上で生け簀の魚の様子を細かく把握し、何か起きた時には速やかに必要な措置をとれるようにするのが狙いです。そのために、生け簀の中の魚の数や大きさを測定する方法、自動的に餌をやる装置など、できる限り陸上から操作ができるように、漁業機材のメーカーや大学が結集して技術開発を進めています。

しかし、海中の魚の情報をデータとして得るのは大変なことです。カメラで撮影すればいいとよく言われますが、実際やってみると水が濁っていれば何も写りません。魚群探知機のように音波で捉えようとしても、対象の輪郭がぼやけてしまって個々を正確に分けて計測するのが困難だったりで、期待通りの成果が得にくいのが現状です。そうは言っても、こうした水中の状況を正確に把握することは、ICT化の取り組みの中では必要不可欠な技術だと言え、今後の技術開発が待たれる分野です。

漁場から市場までのデータを集約するデータプラットフォーム

――こうした漁業のICT化の動きはいつごろから始まったのでしょうか。

鏑木:北海道函館市にある「公立はこだて未来大学」では、10年以上前から先端技術活用に向けての研究を行っています。沿岸漁業の操業情報を情報端末を介して共有し、資源管理を行うシステムを最初に生み出しました。また最近では、沿岸に網を仕掛けて魚が来るのを待つ「定置網漁」において、網に設置した魚群探知機の情報を陸上に送信し、出漁する前にどのような魚がどれだけ網に入ったのかを把握し、さらにそのデータをバイヤーに共有して流通ラインとリンクさせる仕組みづくりに取り組んでおられると聞いています。

このように、生産者の漁獲情報を迅速に流通・加工業者に伝えるシステムの確立は、トレーサビリティ・システムの構築に不可欠であり、ICTの活用によって今後、期待できる最も大きなメリットの1つです。誰が、いつ、どのように捕った魚であるかが明示できれば、購入者は安心して良い品物を選ぶことができ、より高い付加価値を与えることにつながります。資源管理型の漁業では漁獲量に制限があるため、「量」より「質」を上げることが重要なのです。

インタビューに応じる鏑木氏

ICTの現場導入には、漁業関係者が使いたくなるようなUX・UIも大切だと語る鏑木氏

――持続可能な漁業の実現に向けて、今後どのような取り組みを行っていきますか。

鏑木: TAC制度を利用した新たな資源管理システムの導入においては、漁業に関わるさまざまなデータを包括的かつ迅速に管理していくことが求められます。また、水揚げされた魚をどのようにしてスムーズに市場に流し、適正な価格をつけていくのか。ICT活用で変わるのは、漁業の生産現場だけではありません。

そこで現在、水産庁が検討を進めているのが、集約的なデータプラットフォーム構築への取り組みです。漁業者・養殖業者や、公的機関・試験研究機関、市場・加工・流通業者と、それぞれが保有する情報を一元管理し、事業者同士の情報提供や連携を促進する新たな枠組みを構築することで、バリューチェーン全体の生産性向上を目指します。

そのためには、データの価値を理解して有効に活用できる人材を育てていくことも必要です。新しい技術を踏まえ、改革を進めていけるリーダーにより「スマート水産業」を推進していくことも、技術開発と同様に私たちの課題です。水産資源という予測不能な自然が相手であっても、データ分析に基づいた生産から流通までのラインを計画的に保つことができれば、日本の水産業はこれから成長産業として世界規模で発展していくでしょう。

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