デジタルで日本の農業を救う――産学官で推進する データ駆動型のプラットフォーム「WAGRI」とは

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デジタルで日本の農業を救う――産学官で推進する データ駆動型のプラットフォーム「WAGRI」とは

取材・文:小村トリコ(POWER NEWS)、写真:山崎美津留

2019年4月、産学官が連携した農業ICT活用のプラットフォーム「農業データ連携基盤」(WAGRI)が本格稼働する。なぜ今、農業の現場に最先端技術が求められているのか。農業のデジタル化によって、サプライチェーンにどのようなイノベーションが起こるのか。農林水産省の角張徹・大臣官房政策課技術政策室 課長補佐(写真中央)、豊井一徳・農林水産技術会議事務局研究推進課 課長補佐(写真右)、稲垣晴香・同課 課長補佐(写真左)の3人に話を聞いた。

労働力不足・競争力強化のためにデータ駆動型農業を

――現在、日本の農業分野で現場が抱える課題について教えてください。

稲垣:昨今では担い手の減少・高齢化の進行などによる労働力不足が深刻な問題となっています。農林水産省が日本の農林業の実態を調査した「2015年農林業センサス」を見てみると、農業就業人口(※)は210万人で平均年齢は66.4歳、うち65歳以上が6割を越えるなど、高齢化が進んでいることがわかります。

※農業就業人口:15歳以上の農業世帯員のうち、調査期日前1年間に農業のみに従事した者、または農業と兼業の双方に従事したが、農業の従事日数の方が多い者

角張:調査では15歳から70歳以上までの農業従事者を年齢別に分類しており、うち最も多いのが70歳以上で、かなり歪んだ就業構造になっています。一般の会社では定年を迎えていらっしゃるような年齢の方々が、今の日本の農業を支えているのです。

稲垣:一方では、環太平洋経済連携協定(TPP)の発効に向けてグローバル化が進む中で、農林水産業における競争力の強化も重要な課題です。外国産製品との差別化や、さらなる生産性の向上を推進し、全体としての体質強化に努めなければなりません。

稲垣晴香・農林水産技術会議事務局研究推進課 課長補佐

稲垣晴香・農林水産技術会議事務局研究推進課 課長補佐

――課題解決に向けて、農林水産省ではどのような取り組みを行っているのでしょうか。

角張:我々が目指しているのは「データに基づく農業」です。現状では、栽培管理や作業などのノウハウは個々の農業者が長年の経験によって蓄積していくものであり、新規の農業者が一朝一夕に身に付けることは困難です。人手不足や後継者不足の中、このやり方ではいずれ立ち行かなくなるのは明らかです。そこで我々は、病害虫の有無や作物の生育状況など、これまでは農業者が経験に基づいて判断していたところを、熟練の方々のノウハウを蓄積したうえで、AIやIoT、ドローンといった先端技術を使って「見える化」しようと考えています。それにより、ノウハウを持たない新規の農業者であっても効率的で適切な作業が可能になるでしょう。

農林水産省の角張徹・大臣官房政策課技術政策室 課長補佐

農林水産省の角張徹・大臣官房政策課技術政策室 課長補佐

角張:農業で活用するデータは、土壌や農地、気象、収量、市況などさまざまです。集めたデータを活用し、PDCA(「Plan=計画」「Do=実行」「Check=評価」「Action=改善」)を回していくことが必要になります。個々のデータを提供するICTサービスや農業機械などは既に開発・実用化されていますが、ベンダーやメーカー間でのデータの相互連携が難しい状況にあります。そこで現在、産学官連携のもとで取り組みを進めているのが、データを統合・共有することでフル活用できるプラットフォームの構築です。この仕組みを「農業データ連携基盤」(以下、WAGRI)と呼んでいます。

散在していたデータを集約し、活用するためのプラットフォーム

――WAGRIは具体的にはどういったシステムなのですか。

角張: クラウドシステムを利用し、3つの機能を備えた「データプラットフォーム」です。1つ目はデータ連携機能。ベンダーやメーカーの壁を超えて、農業ICTや農業機械、センサーなどのデータの連携が可能になります。2つ目はデータ共有機能。一定のルールのもとでのデータ共有が可能になり、データの比較やビッグデータの活用を行うことができます。3つ目はデータ提供機能。これまではバラバラに提供されていた公的データなどを集約してWAGRIを通じて提供します。

WAGRI活用のイメージ ※出典元https://wagri.net/

WAGRI活用のイメージ ※出典元https://wagri.net/

角張:データに基づく農業を実践するためには、農業ICTの活用が不可欠です。農業ICTサービスを提供する企業がWAGRIを利用してさまざまなデータやシステムを取得し、農業者にとって生産性向上や経営改善に役立つソリューションの提供など、新たなサービスを提供することを期待しています。

――データの連携によって生産性向上や経営改善が進むということですね。この取り組みはすでに始まっているのでしょうか。

角張:現在、WAGRIは研究開発の段階です。内閣府の研究開発事業「戦略的イノベーション創造プログラム(第1期)」の中で、慶應義塾大学環境情報学部の神成淳司教授が代表を務める研究コンソーシアムに国立研究開発法人の農研機構や民間企業、農業関係者が参画し、プロトタイプの運用を進めています。2019年4月から研究開発段階から本格稼働に移る予定です。

豊井一徳・農林水産技術会議事務局研究推進課 課長補佐

豊井一徳・農林水産技術会議事務局研究推進課 課長補佐

豊井:我々がWAGRIで提供するのは、イノベーションを起こすための環境であり、いわゆる協調領域にあたるものです。今後は主に競争領域で、農機メーカーやICTベンダーなどの民間企業が、WAGRIを使ってより良いサービスの創出ができるように促します。この取り組みへの参画機関を募る「農業データ連携基盤協議会」には現在271社(2018年11月末時点)が加入しています。今後は農機メーカーやICTベンダーといった業種だけでなく、流通から消費まで幅広い分野に拡大していくことを期待しています。

SCMへの新たな可能性「スマートフードチェーン」

――サプライチェーンの面においてはどのような働きかけをされていますか。

角張:現在、研究開発を進めようとしている取り組みとして「スマートフードチェーン」の構築があります。これまでのWAGRIは物流の流れでいうところの川上側、つまり生産者側に重点化したプロジェクトです。これを将来的には川下側、つまり生産から流通、加工、消費までのデータをひとつなぎにして、相互活用を可能にしていきます。

稲垣:一例として、野菜などの生育予測技術の開発があります。生産する作物がいつ、どのくらいの量で収穫できるのか。それを気象情報や生育モデルから予測して、生産管理や販売戦略に活用していくことを目指す研究開発です。こういった技術が実用化すれば、より消費側のニーズに対応した、効率的な生産が可能になっていくと考えます。

豊井:スマートフードチェーンは、川下側の「欲しいもの」と川上側の「作れるもの」を引き合わせようというシステムです。農家の方にとっては、ロスが減ることによりコスト削減が可能になりますし、もちろん食品産業の方にもメリットがあります。例えば、特殊な外国料理を出すレストランでは、一般には流通していないマイナー野菜が素材として必要になることがあります。数ある農家の中には、技術を活かして特定のマイナー野菜を専門に作っている方もいます。彼らをマッチングさせ、双方がより効率的に生産・加工を行うことができるようになるでしょう。

デジタル化が生み出す新たな付加価値

――WAGRIやスマートフードチェーンなどのデジタル化が実現すると、日本の農業はどのように変化していきますか?

豊井:デジタル化によって、農家のバリエーションが豊かになることを期待しています。マス商品であるトマトやキャベツを大量生産する農家がいる一方で、少数生産でマイナー野菜を育てようとする農家がいていいはずです。しかし、彼らが付加価値の高いマイナー野菜に手を出そうとしても、見たこともない野菜の作り方はわからない。そういった場合に、情報のネットワークから知見を得る。例えば、使うべき農薬などの適切な情報を得ることができるようになればと思います。一口にデータと言ってもさまざまな切り口があるので、扱うケースによって活用のモデルは広がっていくでしょう。

――今後の課題があれば教えてください。

角張:海外で日本の農作物をどのように差別化していくかは取り組むべき課題のひとつです。スマートフードチェーンでは、流通の最後のプロセスである販売・消費というところで輸出振興につなげていくことを構想に入れています。

現状では流通過程において、本来そこに付与されていたはずの生産物の情報がぷつりと途絶えてしまうことが起こっています。例えば、農業現場においてきちんとした栽培管理がなされ、収穫された農産物が適切なコールドチェーンに乗って輸送されたとしても、最終的に商品を手にした消費者にその情報が届いているのかというと、そこまでは対処しきれていないというのが実情です。これに対して、生産者が持っているデータと流通が持っているデータをしっかりと連携させて、販売・消費のプロセスまで一貫してつなげることによって、より高い付加価値が提供できるでしょう。品質の高さに対してきちんと根拠を提示することができれば、それは日本の生産物の大きな強みになります。

稲垣:スマートフードチェーンへの取り組みは、今年度始まったばかりです。科学技術イノベーションを実現するための内閣府による事業「戦略的イノベーション創造プログラム(第2期)」にも位置付けられ、積極的なプロジェクト推進を予定しています。2018年秋に研究開発を開始し、23年春のスマートフードチェーンの構築を目指します。生産者と消費者が相互にメリットを享受できる大きな枠組みとなることでしょう。

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