データ活用で書籍のバリューチェーンを最適化! DNPが構築した生産・流通ソリューションとは

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データ活用で書籍のバリューチェーンを最適化! DNPが構築した生産・流通ソリューションとは

取材・文:井上俊彦、写真:井上秀兵


出版業界は再販制度(再販売価格維持制度)や委託販売制度(売れ残った書籍を返本できる制度)など、他の業界にはない特徴的な流通形態を持っている。また、市場規模の縮小が続いていることもあり、世の中には出版のサプライチェーンは効率化が遅れているというイメージを持つ人も少なくない。そうした中で、大日本印刷株式会社(以下、DNP)では、多数の出版社を得意先として持っていることや、リアルの書店や通販、電子書籍を提供する「ハイブリッド型総合書店honto」サービスを活かして、AIを活用した需要予測、倉庫や出版社の在庫データとの連携に取り組んでいるという。印刷や配送、販売を手掛ける大日本印刷のソリューションを通して、変わりつつある出版流通の最前線をリポートする。

出版業界の課題の根幹は情報の分断にある

出版業界の地盤沈下が長く続いている。紙の書籍と雑誌の合計販売額は、2017年は前年比6.9%減の1兆3701億円と推定され、13年連続で縮小(全国出版協会の発表による)、新刊書籍の返本率(出荷された書籍・雑誌のうち、売れ残りや破損のため出版社へ返された本の割合)は約40%に上っている。この現状を変えようと、DNPは、AI活用や物流連携によるソリューションの提供を始めた。

DNPは創業140年を超える世界有数の総合印刷企業だ。なぜ印刷会社が出版業界の物流を変える取り組みを始めたのか。

「2008年に丸善書店、2009年にジュンク堂書店がDNPのグループ会社として入ってきました。出版社~書店がDNPグループに加わることで、出版業界全体を俯瞰できるようになって見えてきた課題があり、DNPグループならそれが解決できるだろうと2014年に取り組み始めました」と同社BLM推進ユニット ユニット長の若林尚樹氏は言う。

若林尚樹氏

大日本印刷株式会社 出版・次世代ビジネス本部 BLM推進ユニット ユニット長 若林尚樹氏

印刷会社は刷り部数に応じて出版社から対価を受け取る。つまり、たくさんの本を作ることが利益に繋がる。しかし、若林氏には「必要以上にものづくりを続けていては出版業界全体が機能不全に陥ってしまう」という問題意識があったという。

出版のバリューチェーンは、出版(製造)、取次(配送)、書店(販売)で構成される。これらの業界は「つながっているようで全く別々」だと若林氏は言う。

出版のバリューチェーン

出版のバリューチェーン(GEMBA編集部にて作成)

「出版社は読者の声を直接聞く機会が限られています。取次は、物流と金流を見ています。書店は配本されたものを販売するのが役割。在庫の情報1つをとってみても、それぞれの情報が分断されているのです。ここに出版のサプライチェーンの課題があると考えています」(若林氏)

出版社、取次、書店のそれぞれに在庫があって、その情報が連携できていない。ある地域では在庫が余っているのに、別の地域でその本を欲する読者の手には届かないということがある。また、どんな大ベストセラーでも最後は作りすぎてしまい、返品され、断裁されてしまうケースが多いという。

つまり、そもそものサプライチェーンに課題があり、それを解決することが自社のみならず出版業界全体の活性化に繋がるのではないかと考えたのだ。

AIによる需要予測と在庫管理で売り逃しを防ぐ

DNPが提供するソリューションの根幹となる考え方はブック・ライフサイクル・マネジメント(以下、BLM)だ。本の企画から編集、制作・製造、流通、販売、在庫、断裁までをPOS情報や倉庫情報などを活用して本の一生をマネジメントするものだ。

そのソリューションとはどのようなものか。まず、従来の出版業界では、データに基づいた出版は少なく、新たに出版される書籍は同ジャンルの書籍の実績や担当者の経験則に基づいて、初版部数や重版のタイミングを決めることが多かった。

それに対して、同社BLM推進ユニット 室長の木村宏基氏は「客観的なデータに基づいて初版部数や需要予測、在庫の管理を行うことで、出版業界の課題を解決したい」と話す。

「売れるものはもっと売る。売り逃がしを少なくする。初版の部数はいくつが最適なのか。売れ行きが好調になってきたらその先の需要予測をして、この先何部作ればいいのか、いつどれだけ刷ればいいのか。何日後にどれだけ売れそうか。倉庫には何部取っておくのが最適なのか、などをデータに基づいて提供します」(木村氏)

木村宏基氏

BLM推進ユニット 室長 木村宏基氏

AI(人工知能)を活用して提供するのは需要予測。その他、市場動向(売上状況の把握)、初版設計(類書から部数を推奨)、MDカレンダー(需要期の把握)、プロモメーター(最適な広告宣伝)、在庫管理(適正在庫数の推奨)のツールだ。

ブック・ライフサイクルと各ツールの活用範囲

BLMの分析マップ(出典:大日本印刷株式会社の資料を元にGEMBA編集部にて作成)

需要予測には、従来の統計的手法ではなく、データを活用したAIのディープラーニング(深層学習)を用いる。日毎の売上データなどをAIにインプットして学習させている。


ディープラーニング
機械学習手法の1つ。脳神経回路を模した多層的なニューラルネットワークで、データに含まれる潜在的な特徴をとらえることで、従来手法よりも認識精度や予測精度が向上した。主に画像認識や自然言語処理の分野で活用されている。


例えば、DNPが保有している売上データの発売から6ヶ月までのデータを使って、その後6ヶ月の売れ行きを予測すると、ほとんど誤差のない予測が可能だという。その際、慣習的にこれまで重要視されていた書籍のジャンル――コミックや学術書などと、売れ行きの予測に対する影響度は意外に小さいそうだ。

同社技術開発センター グループリーダーの山積康治氏は「このジャンルだからこうなるだろうというジャンルによる売上傾向には違いないことがわかってきています。需要の推移にはいくつかのパターンが存在し、発売後のデータからどのパターンに当てはまるかを見極めることで、正確な予測が可能になりました。現在では書籍のジャンルはさほど重要視していません。課題は販促の扱いです。まだデータが少ないので広告をうった時にどう反応するかなどは、改善をしていくことが必要です」と言う。

山積康治氏

技術開発センター グループリーダー 山積康治氏

需要予測ができるようになったことで、重版や在庫の断裁なども最適のタイミング、量が予測できる。

「在庫管理の課題としては、データに基づくと今すぐ断裁という判断であっても、企画を担当した編集者は書籍を自分の分身のように思っていたり、著者の手前捨てられなかったりする。そうして発生するコストが経営を圧迫するレベルに達することもあります。そこで、目で見える数値を出すことで、納得してもらいやすくなります」(若林氏)

バーチャル倉庫でリードタイムの短縮を

在庫の最適化には、倉庫や物流の改革も必要だ。DNPは書籍流通センター(以下、SRC)も持っている。SRCはDNPが運営するネット書店(本の通販ストア、電子書籍ストア)と、 丸善、ジュンク堂書店、文教堂、啓林堂などのリアル書店を連携させた「ハイブリッド型総合書店honto」の本の通販部分の倉庫と、グループ内の書店である丸善ジュンク堂書店の倉庫という2つの役割がある。

hontoビジネス本部の早坂悟氏は「丸善ジュンク堂の約90店への売れ筋タイトルの配本のおよそ10%をSRCに保管しています。実際に本が売れた書店へその中から素早く届けることでリードタイム(発注から納品までに要する時間)を短縮します」という。

早坂悟氏

hontoビジネス本部 ハイブリッドチャネル流通ユニット 室長 早坂悟氏

通常、書店は倉庫を持っていないので、本が売れると取次に追加注文をする。取次に在庫がなければ出版社の倉庫を探すことになり、配本までには10日から2週間かかるなど、タイムロスが発生する。その間に売り逃がしが発生することもあるのだ。

また、通販の部分でもフレキシブルな対応で納期や輸送コストを圧縮することができる。 「『店舗ドロップシップ』と呼んでいますが、通販で買われた北海道の方には、札幌のMARUZEN&ジュンク堂書店 札幌店から発送することもあります。在庫があれば、東京から送る必要はありません」(早坂氏)

SRCと出版社のデータを連携するという取り組みも始めている。在庫データをつなげて「バーチャル倉庫」として扱うのだ。

「最終的には、読者や書店から注文が入るとSRCの倉庫や出版社の在庫を確認して、それでもなければDNPが作ってすぐに届けられる体制を整えたい。将来的には、倉庫側が頭脳を持って出版社や取次に対して販売や流通の最適化を提案していきたい。ラストワンマイルの配送や倉庫で働く人材の確保などの課題もありますが、さまざまな会社と手を組むことで解決していきたいです」と早坂氏は言う。

出版業界の利益の源泉を洗い出す

DNPのソリューションの目的は、出版業界の収益構造を変えることだ。若林氏はそのための4本の柱としてマーケティング分析、ものづくり、物流、販売を上げている。

「分析だけに終わっていてはだめで、販売や物流で成果を出さなければいけません。それもあわせてソリューションとして提供しています。我々は既存の流通や販売では手が届かない細かいところを補完して、逃している利益を確保するというのが狙いです。それだけでも100億円規模の変化があるとみています。DNPは、前身の秀英社による1876年の創業を「第一の創業」、戦後、印刷技術を活かして様々な分野に事業を展開してきた「第二の創業」を経て、今、“未来のあたりまえをつくる”「第三の創業」を目指しています。その中で、BLM推進ユニットとして、出版業界のバリューチェーンの最適化を、印刷会社、出版社、取次、書店がともに連携し実現していくことを第三の創業として実現していきたいと考えています」(若林氏)

集合写真

近年は、印刷会社であるDNPが販売や物流にかかるソリューションを提案すると、出版や流通の会社もきちんと耳を傾けてくれるようになったという。それだけ出版業界は厳しい状況に直面しており、業界全体で現状を打破していかねばならないという危機意識があるということだ。

1990〜2000年代にはDTP(デスクトップパブリッシング)、2010年代には書籍の電子化が大きな転機となり、出版のデジタル化が進められてきた。始まったばかりのデータ活用とサプライチェーンのデジタル化は、出版業界にまた次の大きな転換点をもたらすだろう。

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