【ローランド・ベルガー会長 遠藤功インタビュー】「現場力2.0」が代替できない価値を生む

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「現場力2.0」が代替できない価値を生む――ローランド・ベルガー会長 遠藤功

取材・文:中野渡淳一、写真:折原貴祥


世界はいま、デジタル技術を活用した第4次産業革命のただなかにある。激化する競争の中で、差別化を図るために重要な要素となるのが「現場力」だ。ここでは「現場力」の提唱者であり、経営コンサルタントとして長年に渡って日本企業の現場をみつめてきた株式会社ローランド・ベルガー日本法人会長の遠藤功氏に、世界の中で日本企業が生き残るためのヒントを伺った。

遠藤功

遠藤功

株式会社ローランド・ベルガー会長

1956年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機株式会社、戦略コンサルティング会社などを経て現職。良品計画、SOMPOホールディングスなどで社外取締役を務める。現在は、経営コンサルティング活動に加え、講演、研修、執筆など多方面で活躍中。『現場力を鍛える』、『見える化』、『ねばちっこい経営』、『生きている会社、死んでいる会社』等著書多数。

「現場力」とは問題解決力である

――遠藤さんは2004年に刊行された『現場力を鍛える』以降、日本企業の「現場力」について論じられてきました。「現場力」に着目された理由や経緯を教えてください。

遠藤:私は1988年から、30年に亘り日本企業の経営コンサルティングを行ってきました。そこで行き着いたのが、日本独自の「現場力」でした。個人の力が重視される欧米の企業に対し、日本企業は現場のチーム力や集団の力で価値を生み出し、世界で評価されてきた。この差別化された「現場力」こそが日本の武器であると考え、「現場力」をキーワードに活動を続けてきました。


株式会社ローランド・ベルガー会長 遠藤功氏

――遠藤さんの提唱される「現場力」の定義とはどのようなものでしょうか。

遠藤:一言でいえば「問題解決力」です。というのも、すべての現場は問題の宝庫なのです。コストが高い、品質が良くない、スピードが遅い、サービスが悪い、といった問題は、すべて現場で起きている。そして、それを解決するのもまた現場でなくてはなりません。現場が、いかに能動的に問題に向き合って解決するか。それが企業の競争力になる。「現場力」とは日本独自の競争力なのです。

かつて、日本企業はこの「現場力」がとても高かった。欧米企業の現場には言われたことだけをやるマニュアルワーカーしかいませんでしたが、日本の現場には経営学者のドラッカーが言うナレッジワーカー(知識労働者)がいます。彼らは進んで改善を行ない、自分たちの製品やサービスに付加価値を与えていました。

しかし、残念なことにこの失われた20年の間に日本企業の「現場力」は劣化してしまった。特に製造業はナレッジワーカーである正規社員を減らして非正規社員を増やしたり、コスト削減のために外注化を進めた結果、競争優位性であった「現場力」が低下してしまったのです。

一方で、一部の海外企業は日本の「現場力」や「改善」に注目し、そこから学びとろうとしている。GoogleやAmazonなど海外の大企業は日本企業から積極的に人材を採用し、「現場力」や日本的経営を勉強し、実践しています。


株式会社ローランド・ベルガー会長 遠藤功氏

――日本企業がグローバル化の波に乗ろうとしている間に、海外の企業は逆に日本の「現場力」から学ぼうとしていたわけですか。

遠藤:スポーツを観てもわかるように、日本の強いチームは「集団力」で戦っていますよね。日本企業もいまはそこに気が付いて原点回帰しようとしている。もちろん、製造業で一度途切れた現場のDNAを取り戻すのは大変です。業種の垣根を超えて、お手本となる事例から学ぶ必要があります。

経営ビジョンへの共感が現場力を生む

――遠藤さんはご自身のサイト「遠藤功の現場千本ノック」にあるように製造業からサービス業まで、数百の現場を行脚されていますね。

遠藤:「現場力」というと以前はものづくりの会社が中心でしたが、最近は小売業やサービス業の方が優秀な事例が多くあります。例えば、スーパーマーケットなら新潟県の原信や埼玉県のヤオコーなどのローカルスーパーが非常にいい経営をしています。

両社の特徴は、現場で働くパートさんの知恵やアイデアを最大限に活用して、魅力的な店舗を作っているところです。小売業に比べたら、いまの日本の製造業は現場の能力を活かすのが下手です。もっと小売業から学ぶべきですね。

――自社の「現場力」を高めるのに、経営者に求められるものはなんでしょう。

遠藤:いちばん大事なのは、経営者と現場がビジョン、つまり共通の夢や理想を共有することです。ビジョンや理念はどこの会社にもあります。それを現場に浸透させて「現場力」にまで高めるには、経営者が自らの言葉で語って「現場の共感」を得なければなりません。

現場というところは基本的にリスクを嫌います。何かを変えるというのはとても面倒くさい。しかし、そこを動かして小さな成功体験を積むと、現場は自ら動き出すようになります。経営者の仕事は、ビジョンを共有するのではなく共感にまで高めることです。ボトムアップというのは、トップダウンからしか生まれないものなのです。


株式会社ローランド・ベルガー会長 遠藤功氏

――海外に目を向けると、ドイツのインダストリー4.0のようにITを利用した現場のデジタル化、機械化が進んでいます。日本の現場がとるべき道はどの方向にあるでしょうか。

遠藤:これまでの「現場力」が1.0だとしたら、これからは「現場力2.0」を目指さなくてはなりません。「現場力1.0」は現状改善型。それに対し「現場力2.0」は現状破壊型です。

現状改善型が10パーセントのコスト削減や品質アップを実現するものだとしたら、現状破壊型は「N(整数倍)分の1」の発想で現場を変えていきます。最小でもNは2なので、コストは半分に減って生産性は倍になる。これは、改善の域を超えたプロセスイノベーションにほかなりません。

すでにデンソーなどはこの「N分の1」に挑戦し、製造ラインや加工機を短縮化、小型化し、大幅なコスト削減や生産性の向上を実現しています。デンソーでは、「よりよくする能力」を磨くことで、それを凌駕する「新しいものを生み出す能力」に昇華させているのです。これくらいダイナミックな変化を目標にしないと世界では戦っていけません。

付加価値を高め、代替性のないものづくりやサービスを

――「現場力2.0」で現状破壊型のイノベーションを実現するためにもAI、IoT、ロボットといったITの活用が必要ですね。

遠藤:現状破壊にデジタル技術の導入は不可欠です。サービス業における好例として、HISの運営する「変なホテル」があります。通常、100室のホテルの運営には、30人程度の従業員が必要だと言われています。しかし、「変なホテル」はデジタル技術の導入などで従業員を7人にまで減らした。これは既存の常識に縛られた現状改善型の考え方ではなく、現状破壊型の発想で実現したイノベーションだと言えるでしょう。

他に、私が社外取締役を務めているSOMPOホールディングスでは、介護現場のデジタル化に取り組んでいます。そこでは、就寝中に排尿が必要になったときにセンサーが知らせてくれるなど介護現場を劇的に変えようとしています。

こうして、現場のスタッフはデジタル化によって浮いた時間を、入居者と話したりふれあったりといった、人にしかできないケアに注ぎ込むことができる。そうなれば当然、入居者の満足度もアップしますよね。こうした高品質な介護サービスは、将来的には日本のみならず海外でも展開可能です。

――デジタル化によって逆に人間の付加価値を高めるということですね。

遠藤:ドイツなどは工場の完全無人化を考えているし、中国に行くと店舗が無人化されたりしています。しかし、日本はそこを目指さなくてもいいと考えています。

先日、トヨタのレクサスの工場を見学する機会に恵まれましたが、どんなに自動化が進んでいても塗装の途中工程の研磨は人が担当していました。そうすることで、他にはない高品質な塗装を実現しているのです。つまり、人の手が介在することによって、付加価値を生み出している。

代替できる仕事はすべてロボットやAIにやらせればいい。そのうえで人がやるべき仕事とは何か、それを再定義するのが「現場力2.0」です。


株式会社ローランド・ベルガー会長 遠藤功氏

――「現場力2.0」を武器に、世界のなかで日本はどんな方向に進んでいくべきでしょう。

遠藤:日本企業が目指すべきは、代替性のない高付加価値でプレミアムなものづくりやサービスを提供することです。代替性のないものは、言うまでもなく価格に反映されます。

ヤマト運輸が値上げをしても反対の声があがらないのは、誰もが宅配便の価値を認めているからです。アメリカが関税を引き上げるといっても日本の鉄鋼業界があまりダメージを受けていないのは、高付加価値の日本の鉄鋼製品は他の国では真似ができず、日本企業から買う以外に選択肢がないからです。私はここに日本の生きる道があると思うのです。

他社が真似できない圧倒的な機能や性能、品質は、現場の創意工夫や知恵から生まれます。いかにして「現場力2.0」に進化させていくか。「現場力2.0」でビジネスをどう変えていくか。大胆かつダイナミックにビジネスモデルをトランスフォーメーション(変身)させることが求められています。

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